第七章 噤呪の巫女

第三十九話 覚悟

「父上!」


 声の波が消えた静かな森。

 蒲原かんばら星辰せいしんが叫んだところで、消えた二人が帰ってくることもない。


「おいおいおいおい、いったいぜんたいどうなっているっていうんだ、こりゃあ」


 庵原いはら狐太郎こたろうがひどく狼狽したように、烏帽子えぼしを投げ捨て、頭をかきむしる。


星辰せいしん。お前、親父さんから何か聞いてなかったか?」

「何も聞いてませんよ、そんなこと。弓削ゆげ討伐に合力ごうりきせよと言われただけなんですから」

「くそ!」


 左兵衛さひょうえは、刀を抜き身で持ったまま、周囲を眺めている。

 図書ずしょは腕組みをして何かを思案しているような顔だった。

 星辰せいしんとゲンタは、明らかに肩を落として悄然しょうぜんとしている。


「追わないの?」


 だから、カヤが枲垂衣むしたれの中で小首をかしげ、放った疑問が新鮮だった。


「カヤ様の言う通りです。ここは追いかけましょう」


 図書ずしょが同意すれば、四人も頷く。

 しかし、庵原いはらが懸念を口にした。口にしてしまった。


「ところで、どうやって追いかけるんだ? 誰かあの二人の髪の毛でも爪でも持ってないのか?」

「……誰も、持っていないようですね」


 星辰せいしんが明らかに落胆した顔でそうこぼし、別の懸念を口にする。


「そもそも、どうやってこの森から出ればいいのでしょう? 僕は道を覚えてませんよ」


 蒲原かんばら天元てんげんが消えたことは、当初の予想よりも影響が大きいようで、不安の色を隠せない。ただし、不安なのは若い三人で、天球の三人は落ち着き始めている。


小父おじさんたちは、どうしてそんなに落ち着いていられるんですか?」


 星辰せいしんはいつもの自信がすっかり鳴りを潜めて、神童の面影も見えないが、それを緩和させるかのように、尚更ゆっくりと落ち着き払って庵原いはらは答えた。


「お前さんとしたことが、随分と狼狽しているじゃないか。だが、落ち着いて考えればすぐわかる。鳥の式神を飛ばし、その目を使って宿場を探せばいい」

「あ」


 星辰せいしんは己の不明に気付いて口を開け、すぐに真一文字に引き結んだ。目もぎゅっと瞑り、三つ数えるくらいの頃に開く。


「式神を四方……いや、三方に飛ばして父上たちを探しましょう。そうすればいかに広い森といえど、見つけられるやも知れません」

「ほう、それはいい。早速やってみよう」


 そうしてゲンタも交え、陰鬱な森の中へ式神を飛ばしたが、結局、弓削ゆげ千晴かずはる蒲原かんばら天元てんげんは、その痕跡すら見つからず、やむなく火輪かりんへと撤退する運びとなった。



 *  *  *



「一同、ご苦労であった。内府ないふ殿のことは、残念であったな」


 ここは紫烏城しうじょうの本丸御殿、その大広間。

 前回よりもうすら寒い場所で、前回同様に会議が執り行われるが、やはり空気は重い。


「そちらのご助力にも関わらず、期待に応えられなかったこと、誠に申し訳なく」


 大久保暁鶏ぎょうけいねぎらいに答えるのは蒲原かんばら星辰せいしんで、白帝はくてい御簾みすの向こうだ。既に赤烏せきうの支配者にでもなった気分でいるのかどうか、その心持は分からない。

 同様に丹王におう御簾みすの向こうにいて、その表情を知ることもできない状態である。二人とも声も出さずにじっとしていて、ゲンタたちとのやり取りは、大久保だけで対応している状況だった。


「構いませぬ。まだ、わが国には実害がない。或いは少しは被害があるのやも知れぬが、目に見えるものはなく、しからば、当方としては引き続き貴殿ら陰陽方おんみょうかたには、厄災をもたらす賊徒の討伐を頼むのみである。ときに、内府ないふ殿が何ゆえに弓削ゆげなにがしを連れ去ったのか、あるいは前々から通じておったのか、心当たりはござらぬか?」


 大久保の口から出るのも、やはり蒲原かんばら天元てんげんの突然の行動に対する疑問で、しかし、星辰せいしんを始めとして誰も思い当たることはなく、ただ静かに首を横に振るばかりであった。


「このまま戻ってこなければ、探して問いただすしかありますまい。その上で弓削ゆげと共謀し、大乱を引き起こさんとするならば、迷わず斬ります」

庵原いはら殿がそのように申したところで、蒲原かんばら星辰せいしん殿はいかがであろう」

「……父が弓削ゆげ千晴かずはると組めば、この島が未曽有の大混乱に陥ることもあるでしょう。そちらだけが壊滅するのであれば望むところではありますが、此度こたびの件が行き着く果てはそれだけでは済むはずがありませぬ。ならば、是非もなく切り捨てるのみ。だからといって、父が――蒲原かんばら天元てんげん弓削ゆげ千晴かずはるき伏せる。それがために連れ去った可能性までをも、否定するものでもありませぬ。まずは、姿を見つけることに注力するべきであろうと思料しりょうします」

「うむ。それならば良い。こちらも十分に援助すると約束しよう」

「しかし、葦那言主あしなことぬしの結界とやら、完成することによってしゅの力が強くなるのであれば、向こうの手に乗ったふりをしていっそ完成させてしまうのも良いかも知れませぬな。さすれば向こうと互角に渡り合えるやも」


 意見がまとまりかけてきたところに、突拍子もない話をぶつけたのは佐々木図書ずしょであり、冗談を言う男ではないところが、余計に場をかき混ぜる原因となった。


「争乱が必要だと言っている以上、偽物の合戦かっせんでは結界が完成しないんじゃないか?」


 赤烏せきうに来てより、初めて意見を出したのは左兵衛さひょうえである。


「そして奴の狙いは結界完成だけじゃなく、カヤを帝なり王なりに据えて、裏で操りたいってことだろう。そうであるなら、やはり結界完成前に悪用しそうな人間は始末するに限る」

左兵衛さひょうえ殿の意見ももっとも。しかし、内府ないふ殿に思いを馳せれば、案外にそれを狙っているのではないかとも、小生しょうせいには思えてくるのです。そうして結界を完成させた後に、弓削ゆげ千晴かずはるを殺害する計画だとしたらどうでしょう」

「そうであれば、手前てまえとしては尚更、蒲原かんばら天元てんげんも討たなくてはならなくなるな。本人の真意などは無視して」


 そこへ咳払いが一つ、流れた。

 大久保のものではなく、ゲンタのものだった。


「お二人とも、師兄すひんのいる前で殺す、殺さないの話はやめましょう。叛意はんい有りと分かったら、そのとき決めればいいではないですか」

「いや、ゲンタ。それじゃ覚悟ができない。お前が言いたいことは分かるが、覚悟ができないまま親殺しをさせるというのは、人の道から外れるじゃないかと俺は思うし、何よりもやらねばならぬとなったときに迷いが出る」


 庵原いはらの言葉に皆で星辰せいしんを見遣れば、彼は唇をギュッと引き結び、けれどその目は上の空のようにどこを見ているとも知れない。

 だから、カヤは言った。


「大丈夫よ。もしあなたの父ちゃんがあんな奴と手を組んでいたら、あたしがしっかり殺してあげるから」


 場を和ませるために冗談で言っているのかと思ったが、顔を見れば真剣そのもので、ゲンタは眉をひそめた。

 庵原いはら庵原いはらでこれを利用しようとでも思ったのか、高笑いを作って「そいつはいいや」などと、冗談めかすのだった。

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