2 投資と投機
「天啓って……競馬!? ギャ、ギャンブルじゃないですか!」
「そうだね。まあギャンブルと言ってもこのレースは確定級に固いから。実質的にお金を貰いながらスポーツ観戦をするようなものだよ」
「いや、いやいやいや、ちょっと待ってください」
流石に止めに入る。
これは明らかに良くない。
「一時の楽しみで少しギャンブルやるなら何も言いませんけど、大事な金まで突っ込むのは絶対に止めた方が良いですって!」
まだ19歳な事もあり当然競馬などやった経験はなく、知識も無いに等しいが、単勝3,5倍という事は当たれば賭け金が3,5倍になる事位は流石に理解できる訳で。
だとすれば当然、当面本業が芳しくなくてもどうにかなる金額を手にするには100円、200円ではなくそれ相応の元金が必要になる事も分かる訳で。
もしその元金を失ったら色々と大変な事になるのは目に見えて分かる訳で。
とにかく、こんな馬鹿げた事をさせる訳にはいかない。
だが。
「止めた方が良いも何も、もう馬券の購入は締め切っている。つまり購入済みだよ」
「そんな……」
自分の事では無いけど、思わず膝を付きそうになる。
もっと早くに気付いて止めるべきだったと自責の念すら湧いて来る。
(なんだこの保護者みたいな感覚……)
そんな真をよそに霞は言う。
「まあそう悲観しないでくれ。とはいえ気持ちは分かるけどね」
「分かるんなら最初からやらないでくださいよ」
「まあ聞くんだ白瀬君」
霞は余裕そうな表情と声音で言う。
「そもそもキミは一般的にギャンブルが何故良くない行為とされる事が多いと考えている?」
「何故ってそりゃ……シンプルに使っちゃいけないようなお金を使っちゃうまでのめり込んでしまう人が印象悪くしているのもあるんですけど……」
「私のは辛うじて使っても良いお金だよ」
「誰も黒幻さんの事言ってないじゃ無いですか」
嘘である。
それなりの勢いで言葉のナイフを刺したつもりだった。
残念ながら弾かれてしまったようだが。
……とにかく。
「……そもそも最終的に負けるように出来てますよね、そういうの」
「というと?」
「サシの勝負ならともかく、競馬にしたってパチンコにしたって、まず胴元が儲かるようにできていますから。端から分が悪いんですよ。それなのにそういうので増やそうとする。それは良くないでしょう」
印象も、金を増やす手段としても。
だけど霞は、おそらくそれっぽく見えるだけのクールでミステリアスな笑みを浮かべる。
「成程、大体あってるよ。大体……つまり不完全だ」
「というと?」
思わず首を傾げそうになる真に、霞は言う。
「確かに胴元が何割か持っていく以上、ユーザーに全てが還元される訳じゃない。私達の前には既にある程度切り取られたパイが運ばれてくる訳さ」
だけど、と霞は言う。
「そのパイをどれだけ食べられるかには大きな個人差がある訳だよ」
「個人差?」
「そう。なんの技量も無く知識も無い。まさしく養分と言っても過言ではない者達は費やすコストにあまりにも見合わない小さなパイを細々と食べ続ける事になるだろうさ。そしてそれが全体の大多数。つまりそこから外れた者の前には大きなパイが用意される訳だよ。ギャンブラーっていうのはそんな平等性の無い格差社会に住んでいるのさ」
「で、黒幻さんはその少数の側だと」
「ご明察。だから大切なお金をつぎ込む事に正当性があるんだ」
霞はキメ顔でそう言う。
(……反論は後で良いか)
霞の話には一理あるが、今の状況と照らし合わせると大きく破綻している。
だがどうであれもう後戻りはできないのだ。
今は霞が今回の勝者になれる事を祈るとしよう。
……実際の所、勝算が全くない訳ではない。
二番人気という事は、それだけ推される位にはこれまでの競争で好成績を残して来たという事だろう。
自分には知識は全く無いが、知識をある程度持っている人達が選んだ結果の集合体がこの人気なのだから。
きっとある程度強い筈だ。
そして馬の予想は出来なくても、黒幻霞という人間に対する知識はある程度持っている。
この一か月間で黒幻霞が競馬をやっている様子は見た事が無い。
つまり開催中ずっとやっているような中毒者という訳ではないのだ。
故に厳選。
おそらく何らかの根拠を持って、このレースこの馬だけを選び抜いた。
つまり単なる運否天賦ではなく勝つ算段が霞にはあるのだ。
もっともそれらはあくまで霞を肯定できるプラス要素を抜き出しただけの話であり、一緒になってマイナス的な考えも浮かんで来る訳だが、今は黙っておこう。
とにかく来月以降の経営は自分も含めとにかく頑張って何とかするという事で一旦考えから切り離し……怪異の専門家、黒幻霞の。
「さあお金が増えるスポーツ観戦だ。今日はいいとこの焼肉でも食べに行こうじゃないか」
やる時位はやってくれると思いたい駄目人間、黒幻霞の生活が掛かった大勝負が始まる。
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