26 やはりどこまでも
怪異が消滅した後、真は霞と共に最低限周囲の確認をした後に貸しテナントを後にした。
その過程で何が来ても最低限の耐性がある霞が二人のスマホに書き込まれた返信とDM……今回の一件の契約書がどうなっているかを確認した訳だが、結果は跡形もなく消滅。
これでこの怪異を倒せたかどうかは分からないが、少なくとも今回の条件で魂を抜かれた被害者の救済はできた筈だ。
できたと思いたい。
……もしあの怪異が魂を糧として存在していたのだとすれば、既に消費されているかもしれないから。
「そっか……じゃあ一安心だ」
そして帰路に着きながら通話で綾香に確認を取っている霞の反応を見る限り、どうやら被害者も目を覚まし始めているのだろう。
だとすればかなり危ない橋は渡ったものの、これにて一件落着と言えるのかもしれない。
……ひとまず関係者全員の命はある訳だから。
「ん? 私? 無事無事全然大丈夫」
(……なんでこの人、そんなすぐバレる嘘吐くんだろう)
隣で霧崎と通話している霞の腕は 怪異の攻撃で圧し折られた。
見るからに痛々しいし、実際本人も滅茶苦茶痛がっていた訳だ。
普通に数か月通院コース。
もっともあの怪異に対しなんとか喰らい付けるだけの力を持っている霞に、自分の様な普通の人間の常識は当てはまらない訳で……どうやら通院の必要は無いらしい。
そういう力の使い方をすれば丸一日程度で治るとか。
(ああそうか。丸一日で治るならその気になれば隠し通せるのか。普通じゃ無さ過ぎて頭付いて行かねえ)
……本当に普通ではない。
当然誉め言葉だ。
霞は良い意味で普通じゃない。
優秀なのだ。
「いやまあ私だけじゃ相当ヤバかったんだけどね。白瀬君が優秀で助かったよ。うん、彼が居なかったら危なかった」
言いながら霞はこちらに視線を向ける。
……これは霞からの誉め言葉だと受け取って良いのだろう。
とはいえかなりの割会でお世辞だとは思うが。
(かなり……かなりだろうか)
ある程度は純粋な誉め言葉なのだと認識しようとしていると、自然とそんな疑問が湧いて来る。
感覚が湧いて出てくる。
何か大変な事を終えた後に、いつも感じているように。
そしてそこで軽く再考して、踏み止まった。
(いや、基本お世辞だな。これで自分の事を凄いと思うのは自惚れだ)
どうしようもない程に自惚れだ。
やはり今回自分は何も凄い事はしていないのだから。
と、そこで霞は通話を終えてこちらに話し掛けてくる。
「さて、今綾ねえに言った通り、私はキミがとても優秀だと思っている」
「普通ですよ」
「優秀なんだ。何が何者でも無いだよほんと。良い意味でキミにはその言葉を口にする資格が無い」
「そんな事は無いですよ。今回だって俺は大した事はしていないんです」
「どこかだ」
ジト目でこちらを見てくる霞に真は聞き返す。
「逆に何処が凄かったんですか」
「いや大体全部だろう」
霞は真剣な表情で答える。
「キミは怪異への対抗策を見付け、身の危険も顧みず実行し、見事解決して見せたんだ。逆に何処が凄くないんだ」
「そもそも俺がああいうやり方を選べたのは、黒幻さんのおかげなんですよ」
「私のおかげ?」
「確かにあの場に居る事自体が危険なのかもしれないですけど、黒幻さんは危険度をそれ以上上げないでくれた。戦いの余波をこっちに向けないでくれたんです。だから集中して考える事が出来ました」
そして、何よりも大切な事がある。
「それにあの一万円札が偽札である事を証明するという方向性。あれは黒幻さんが決めてくれたんです」
あれが無ければ何も始まらなかった。
「考える余裕と方向性が定まっていれば誰だって最低限形に出来ますよ」
「そんな事は……無いと思うが」
「ありますよ。それにうまく行ったのは運が良かっただけです」
「運って……当てずっぽうって訳でも無かっただろう」
不思議そうに言う霞に真は答える。
「ええ。ですがあの時俺が考えがうまく行ったのは、今回の怪異が自分の思う最悪なパターンに当てはまっていなかったからです。あのギリギリのタイミングで持ち出すにはあまりに博打。それ位俺の理論は拙くて脆いんですよ」
「……最悪なパターンていうのは?」
「そもそも偽札である事が、契約に何の影響も齎さないパターンです」
これがあの時危惧していて、そうならなかった事に安堵した最悪。
「あの怪異の返信には5万円としか書かれていなかったんです。それは別に日本銀行券と指定されている訳でもない。言ってしまえば玩具の五万円でも成立してしまうんです」
一見屁理屈にしか聞こえないような事かもしれない。
だがしかし、日本銀行券はあくまで人間社会で価値が定められている代物だ。
怪異からすれば、玩具の方が価値が高い可能性が……真剣に魂の対価として吊り合うと考えて玩具を渡されていた可能性もあった。
だからこそ、本物の一万円札である事が暗黙の了解として通じたのは、半ば奇跡と言えるのかもしれない。
「……成程」
「もしそうだった場合、俺はアイツと会話する事もままなりませんでした。あれだけの時間を貰っておきながら、俺は運否天賦に身を任せるしか無かったんです」
「……」
「それに思い返してみると、どうしてもアイツが作り出した札だから偽札だという理屈を呑ませる為のパンチが弱すぎる。あれはアイツが変に誠実だったからうまく行っただけで、そうでなければあそこで終わっていたかもしれません」
他にも……他にも。
自分で気が付いていないだけで粗なんて探せば探すだけ出てくるだろう。
あの状況でこんな考えしか引っ張り出せない、どこまでも、どこまでも。
どこまでも、何者でも無い。
「だから──」
「白瀬君」
霞は真剣な表情と声音で言う。
先程の怪異の事を話している時よりも……なんなら今までで一番、強い意思がぶつかって来る。
「怪異の事件を解決した後だし、一度否定した私がこんな事を言うのも何だけどね……やっぱりキミは怪異に憑かれているのかもしれない」
「……え?」
「縁喰いよりずっと前から、今に至るまでね」
そんな理解できない事を。
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