19 名称不明 魂の商人 取り立て
舌を噛むなという忠告に納得できる程、霞の叩き出す速度は普通の人間が出せるそれではなくて。
これなら一旦距離を離せるのではないかと思うが……そもそも自分達は謎の異空間という怪異の掌の上に載っている訳で、考えたくは無いがいきなり目の前にワープして来てもおかしくはない。
そして少し遅れて部屋から怪異が飛び出してきて、空中浮遊しながらこちらを追ってきているのを見ると、ワープの線は無いのではないかとは思ったが……だからと言って不幸中の幸いなだけで不幸である事に変わりはない。
「俺抱えている所為かもしれないですけど、このままじゃ追いつかれます! 俺大丈夫な可能性もあるんで、一旦置いて逃げてください!」
「いや可能性の話だろう! できるか! というかあまり変わらない!」
霞はマジな全力疾走をしながら叫ぶ。
「あーもう! 最悪だ最悪!」
「最初から分が悪いの分かってたのに何取り乱してるんですか!」
「それはそれ、これはこれ! というかキミ若干余裕そうだね!」
「そりゃ最初から分が悪いって聞かされてましたからね! 上げて落とされるならともかく、最初から低空飛行ならこんなもんでしょう!」
「そんなもんかなぁ!?」
「それに──」
焦りで騒ぎ散らしても何も変わらない。
身体能力で状況に対応できている霞ならともかく、それが出来ない自分はそんな事をしている場合じゃない。
「考えないと、この状況を覆す方法を」
分かっている。
自分にその役割を担えるだけの力量が無い事は。
それでも……だからといって、諦めて放棄する訳にはいかない。
「黒幻さん、とりあえずさっきの一万一枚貸してください!」
「え、いや! これ渡すとキミも危なくないかい!?」
「いや、多分大丈夫です! それで駄目ならその金は何処でも使えない!」
第三者の手に渡り、その先でも被害を与えるなんて理不尽な事は無い筈だ。
だってその第三者は危害を与える側との取引を何も交わしていないのだから。
「そ、そうかい! じゃあとりあえず一枚!」
「ありがとうございます!」
「後でちゃんと返してくれよ!」
「持って帰る気なんですかこの五万……」
と、言いながら一万円札に視線を落とすと同時、霞が声を上げる。
「そ、そうだ! お、おいそこのガイコツ! クーリングオフだクーリングオフ! 五万円は耳を揃えて返すから、この取引は無かった事にしよう!」
霞はそう声を上げるが返事はない。
「シカトかあのクソ骸骨……」
言いながら霞は手にした一万円札を一枚放った。
……だが。
「目もくれないねぇ! 受け取る意思全く無しだ!」
「となると本格的に五万返すから無し! っていう都合の良いやり方は通用しないみたいですね……だとすれば」
だとすれば、他に暴力以外の手立てがあるとすれば。
「それ以外でこの契約を無効にできる穴を探すしかない」
そもそも存在しているのかすら分からないその何かを、探していくしかない。
「そんな都合の良いものあると思うかい?」
「あって貰わないと困るんですよ!」
「そうだね……私は凄く困る」
そう言う霞の進行方向には再び扉が見える。
そしてその扉を蹴り破り、バスケコート程度の広さの部屋に侵入した霞は体を捻り走ってきた方向を向き。
「構築完了だ」
腕を振るった。
すると、蹴り破った扉の代わりに再び結界が展開された。
そして霞は走るのを止め、滑るようにその場に立ち止まる。
「黒幻さん?」
そう問いかける真を、霞は床へと降ろして言う。
「キミはこのまま走って逃げるんだ。多分私から離れれば外へと出られる」
直接的な戦い方では敵わないと悟ったから逃げていた筈なのに、戦う構えを取りながら。
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