16 勝算 下
「……行きますよ、俺は」
安全地帯ではない。
そんな事は最初から織り込み済みだ。
構築した着いて行っても大丈夫だと思わせる為の理屈は、本当に思い付きを形にしただけに過ぎない訳で、感覚的に危険だという認識は何も変わらない。
変わったとすれば。
元に戻ったとすれば……霞に対して抱く不安だろうか。
かつて霞から感じた不安を、先程自分は杞憂だったと認識した。
霞は人を危険に踏み込ませることを正しく躊躇し、自身が危険に踏み込むことに対しての危機感も覚えていた。
だからこそ結局後者は進む選択を一切変えようとしなかったものの、それでもその危機感というブレーキが搭載されている事が明確に見えて、安堵できたのだ。
だけどそうした認識はおそらく誤り。
否、解釈違い。
かねてより素人の自分を軽々と怪異の世界に引き入れたとしても、霞なら必要なフォローをするだろうと思っていた。
それが言わば、本当に危険なこうした一件に参加する事を引き留める事にきっと繋がっている。
故に今こうして止められているのは想定できた未来で、あの時感じた感覚から地続きだ。
そして地続きなのはそれは霞も変わらない。
というより当初の想定よりもきっと良くない。
自分自身に向けたその軽さは。
よく言えばフットワークが軽く、悪く言えば軽率なその言動は……危機感というブレーキを作動させてもまるで止まってくれない。
軽く踏み出す足取りが、あまりにも力強く重い。
霞の今の発言は、そう確信させるには十分だった。
「そんな事を言い出す人を、一人で行かせられる訳がないでしょ。そんな滅茶苦茶な事を言う人を」
そう、あまりにも滅茶苦茶だ。
「滅茶苦茶……ね」
「黒幻さんは暴力での解決を最終手段って言ってましたね」
「言っていたね」
「つまり黒幻さんにとって暴力は一番優先順位が低いって事です。そんな物を最初から一番前に持ってこないといけない状態って事は……挑む前から黒幻さんが追い込まれているって事に他ならないと思います」
先程まで想定しているよりも何倍も。
本来であれば絶対に行かせてはならない程に、黒幻霞という怪異の専門家は。
自らの雇い主である女性は追い込まれているのだ。
「……」
それなのに。
「そんな状態で……死にに行くに近いような状態で、あなたは身内が被害に合った訳でも、これから合いそうな訳でもない一件に踏み込もうとしている。はっきり言って滅茶苦茶ですよ。流石にライン越えの自殺行為だ」
知人が行うそんな行為を黙って見過ごす事などできない。
「だから着いていきます。自惚れた発言にしか聞こえないとは思いますけど、全力で貸せるだけの力は貸します」
色々な打算は最早考えている場合ではなくて。
目の前の死にに行こうとしている知人女性の生存確率を少しでも引き上げる為に着いていく。
もっとも素人が。
何者でもない自分にその役割を担えるのかどうかは疑問でしかないけれど。
それでもこの位の、相手が知らないだれかでもなければ誰にでもできるであろう手の貸し方位は、何がなんでもやるつもりだ。
「……人の行動を自殺行為だのなんだの言っておきながら、キミもあまり変わらないじゃないか」
どこか呆れたような。
どこか安堵した様子で霞は言う。
「違いますよ。全然違う。良くも悪くも何もかも」
自分のように危険な目に合うかもしれない立場と、霞の確実に危険な目に合う立場では天と地程の差だ。
見ず知らずの誰かの為にやれる事をやろうとする霞と、知人の為にやれる事をやろうとする自分では天と地程の差だ。
良くも悪くも、それだけの差がある。
そう、良くも悪くもだ。
顔も知らない誰かを救うために。もしくは被害に合わせない為にそこまで全力になれる善性は。
怪異の専門家としての、人としての在り方は。
決して非難だけを受けていいものじゃない。
少なくとも自分にとっては、とても眩しい【何者か】に見えたから。
「一緒にしないでくださいよ」
良い意味でも悪い意味でも、自分のような【何者でもない】人間とは違う。
「良くも悪くも……か。まあ違うね。キミと私では」
そう言って笑みを浮かべた霞は、しみじみと言う。
「……こうしてみると、やっぱりウチの事務所は人手不足だったんだ」
「今この場でそういう事を言われても、今の俺じゃ不足は補えませんよ」
「そんな事はないさ」
「……」
そんな事はある。
こんな誰にでも出来るような事で補える不足なら、そもそも不足していないだろう。
……まあ補えようが補えまいが、とにかく考えるべきは目の前の問題だ。
今、間違いなく足りていない現状に少しだけ足しになれるように、やれるだけの事をやる。
「頑張ろう、白瀬君」
「ええ、黒幻さん……無事終わらせて焼き肉行きますよ」
「ああ、そうだね」
そして、そんなやり取りを交わしながら、やがて到着する。
「ヤバいと思ったら逃げてくださいよ、黒幻さん」
「ならもう逃げたいね」
「……あの、だったら引きません?」
「引くわけが無いだろう……引いてもお金はどうにか出来るが、被害者の魂はどうにも出来ないからね」
「ですよね」
決戦の地は某ビル三階の空テナント。
白瀬真という見習いにとっては、自分の一件以外での初めての怪異との対峙。
決戦だ。
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