5 怪異と警察
三十分後、事務所に来客。
黒髪でショートヘアなスーツの女性。
「いやまさか霞が人を雇うなんてね……」
石川県警捜査一課の霧崎綾香巡査部長。
霞の従姉だ。
「そんなに意外?」
自分達の対面のソファに腰掛ける霧崎にそう問いかける霞だが、どこか呆れたように霧崎は返答する。
「いやアンタの所一人でも十分すぎる位に暇でしょ。そもそも人の上に立つのに向いてないというか……多分既に迷惑掛けてると思うけど、この子の事よろしくね白瀬君」
「分かりました、任せてください」
「迷惑なんて掛かってないと否定する所から始めて欲しかったねえ」
「すみません。でもまあ実際迷惑は掛けられていませんよ。心配は掛けさせられますけど」
「あんまり変わってないねえ……」
「じゃあアンタがまず変えようとする努力をしなさいよ」
再び呆れたようにそう溜息を吐く霧崎。
なんとなくこの人とは話が合いそうな、そんな気がした。
「と、とにかく綾ねえ。本題に行こう」
「……そうだね。私は此処に遊びに来た訳じゃないし」
「捜査協力の依頼……ですね」
「そう。情けない話だけど、こういうのは専門家に協力を仰ぐのが一番良いから」
霞曰く、警察という組織は基本的に怪異という存在を認知していない事になっているらしい。
裏を返せば霧崎のように、認知している個人はいる。
当然と言えば当然の話だ。
何か事件があって捜査してみたら加害者が人間では無かったなんて事は、事実怪異が存在している以上起こりうる事で。
その中で実際怪異が起こす現象をその目で見た者だって居るだろう。
それを立証する事はできないけれど、事実そこに居るのだから。
故に捜査に当たる彼ら彼女らは下手すれば専門家以上に立証できない怪異と遭遇する確率が高くなる訳だ。
だがそれでも怪異は一般論で言えばあくまでオカルトだ。
科学的にその存在を立証できる訳では無い。
科学的でなくても立証できる訳では無い。
故に怪異が存在している事が前提の組織運営などそう簡単にできやしない。
警察などの公的機関なら尚の事だろう。
それでも現場は存在している事が前提で回り続け……実際に怪異が絡んでいる可能性が考えられる場合に限り、コネクションのある外部の専門家に頼る慣例ができた。
その結果が霧崎が話を持ってきているような今に繋がる。
「それで、一体何が起きてるの?」
霞の問いに霧崎は答える。
「先日から立て続けに昏睡状態で倒れて発見される人が見つかっていてね。彼ら彼女らの意識はまだ戻ってきていない。まるで魂でも抜かれたように眠り続けているの」
「それ、ヤバイ薬やってたとかじゃ……ないですよね?」
「それなら私達の方で調べが付くわ。だけど被害者は皆至って健康体で持病も無し。何の外傷も見つからなかったわ」
「……被害者に何か関連性は?」
「あるわ。今回の一件に関連しているかは分からないけど」
そして霧崎は一拍空けてから答える。
「被害者は全員10代から20代の若者で、もれなくお金に困っていた」
「……」
「……何で私の方を見るんだい白瀬君」
「いえ、つい……」
まさにそのままだったのでつい。
それ以上の意味合いは無い。
「アンタが専門家じゃなかったら、もしかしたら被害者の一人だったかも……いや、でも流石にそうはならないか」
「「……?」」
首を傾げる二人に霧崎は言う。
「ああ、共通点がまだあるの。といっても確認が取れたのは二人だけなんだけど……二人共、スカイバードってSNSは知ってるよね」
「ええ、まあ流石に。アカウントも持ってます」
「私も」
スカイバード。
世界的シェアを誇るSNSだ。
各々が呟きたい事を呟き、それにコメントを付けたりいいねを付けたりといったアクションを行う。
自分が先月の縁喰いの一件で動画でも取られていた場合、此処でも拡散されていた事だろう。
最悪なデジタルタトゥーだ。
恐ろしい。
それはそれとして。
「それで、スカイバードがどうしました?」
「近年良く聞くでしょ。闇バイトだとかSNS闇金だとか。主にお金が無いって呟いてる人の返信欄だったりDMだったりにメッセージを送ってきて引きずり込もうとしてくる奴」
「あー聞きますねそういうの」
どう考えても怪しさしかないのに、一定数飛び込んで行ってしまうアレだ。
十中八九悪意の塊。
「今まさに私の所にも来ているな。さっき通知で文章の最初の方だけ見えたけどまさしくその類いの筈。ちょっと開いてみようか」
そう言って霞はスマートフォンを操作してテーブルの上に置き、自身の呟きを表示させる。
【JRAにカツアゲされてお金無いンゴ!】
(意外と余裕そうだなこの人……)
そう思いながらスクロールされる画面を注視していると、呟きの下に返信が来ている。
【あなたの魂、五万円で買い取ります】
そんな文章にURLを添えて。
(なんだこの怪しさの塊……誰も引っ掛からないだろこれ)
闇バイトの募集もSNS闇金も、人を騙して貶める為に最低限それらしい文面をしているものである。
にも関わらずこれはあまりにも雑。
騙す気がまるで感じられない。
そして同じくその怪しさ満点な返信を見て霧崎は驚いたように言う。
「あ、これよこれ。被害者の内二人の知人が、この内容の返信が来ているのを見たって言っていたの。それにその時の被害者が──」
「……五万円」
霧崎の声を遮るように霞がそう呟いた。
あまりにも間の抜けた、力ない声で。
「えっと……黒幻さん?」
あまり聞かないタイプの声音だったので思わず表情を見ると……どこかその表情は空ろだ。
そして、口が動く。
「……押さないと押さないと押さないと押さないと押さないと」
まるで何かに取り付かれたかのように。
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