6 より強い暗示
ガラステーブルに置かれたスマホに表示されたURL。
そこに自然と霞の手が伸びる。
……直感的に、これはまずいと思った。
「待ってください黒幻さん!」
思わず彼女の腕を掴んで無理矢理静止させる。
「押さないと押さないと押さないと押さないと」
「……ッ!」
こちらに止められている事を気にすることなく、全ての意識がスマートフォンの画面へと向かっている。
間違いなく、縁喰いに取り付かれた自分よりも強い暗示が掛かっているようだった。
返信を視界に入れた。
たったそれだけで。
(……画面ッ!)
「霧崎さん! スマホを黒幻さんの目の届かない所に!」
「わ、分かったわ!」
自分や霧崎が画面を見ても何の変化も齎されていない。
だが呟きの主である……返信の宛先である霞には、視界を入れるだけで何かのトリガーになってしまう。
……だがそれだけであるならばきっとまだ、比較的簡易的な対処で意識を戻せる筈だ。
その先へ進んでしまう前ならまだ。
(戻ってくれ……ッ!)
「黒幻さん!」
「……ッ!」
再びの呼びかけに霞は息を飲む。
……狂ったような言動と画面への執着以外の事をしてくれた。
「あれ? 私……今一体何を……」
息を荒くしながらそう呟く霞。
どうやら元の霞に戻ったらしい。
「もうさっきみたいな感じ……じゃないわよね」
「ええ、多分……良かった。マジでビビリましたよ」
思わずほっと息を吐く。
戻せる筈だなんて考えはしたが、結局それはそうあって欲しいだけの希望的観測に過ぎない。
根も葉もない、何の根拠も無い話。
怪しい民間療法と大差ない。
それにそんな対処を行う事すら、うまくやれない可能性もあったのだ。
霞は怪異の専門家で、先月埼玉で周囲に音が漏れないようにする結界を張ったように、普通の人間の域を超えた技能を駆使できる。
……画面に触れる為にそういう何かを使われれば、今の所そういう力を使う事が出来ない自分の様な普通の人間では抑え込めなかっただろう。
だから、とにかく。
(……本当に運が良かった)
それに尽きる。
そう考えながら深く安堵していると、霞は言う。
「あの、白瀬君。良く分からないが手、離してくれないかい? 正直結構痛いんだが……」
「あ、す、すみません」
慌てて手を離すと、霞は優し気な表情を浮かべて言う。
「いや、謝る必要は無いよ。スマホの画面を見た辺りから記憶が抜け落ちているが、即ちそれで私がおかしくなったという事だろう。そんな私を止めてくれた事には感謝だし、しばらく腕を抑え続けていたのも正解だよ。直前までおかしくなっていたんだ。用心するに越した事は無いからね」
「凄い、霞がちゃんと上司らしい事を言ってる……」
「まあ上司というか雇い主だからね」
そう言ってドヤ顔を浮かべる霞。
上司だとか雇い主はともかく、霞らしい。
それがもう大丈夫だと強く思わせてくれる。
と、やや脱線しかかった会話は霞の咳払いによって戻される。
「それで白瀬君。具体的に一体何が有ったんだい? というかその前に私のスマホは?」
「スマホは今霧崎さんが持ってます……ああでも説明終わるまで返却は無しって感じで」
「その方が良さそうね。じゃあもうしばらく私が預かるわ」
「綾ねえに持っていかれると、何かやらかして警察に証拠品を持っていかれたような気分になる」
「大体合ってますね……まあとにかく、簡単に説明しますよ」
そして霞に記憶から抜け落ちているであろう部分の話をする。
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