第11話 追跡

 翌朝、会社の朝礼に顔を出したあと、すぐに伊居いいさんのラボに向かった。


 まずは会議室で昨日の成果について報告した。


「草井さん、このやりとりは密会というより、まるで……」


「仕事みたいですよね。夫は万が一のために不倫の証拠になるような記録を残さないよう相手にも言い含めていたんだと思います」


 私が撮影した動画を見せ、伊居さんが夫の密会時期と場所を自分のパソコンにメモしていく。

 この情報を元にダイブする仮想過去の時期を決めるのだ。


「動画をすべて確認しました。さっそく仮想過去へダイブしますか?」


「はい。お願いします」


 今度のタイムリープ先は結婚式を挙げてしばらくしたころ。


 入籍前から浮気していたことはもう知っている。

 結婚式が終わるまでの間は忙しくて不倫相手と会うことはできなかったようで、入籍後の最初の不倫がこのタイミングだった。


 仮想過去の今日は平日。私は会社に出社し、外回りの仕事があるフリをして外に出る。

 レンタカーを借り、道中で帽子とサングラスとマスクを買って変装。その状態で夫が不倫相手と待ち合わせしている場所へと車を走らせた。


 場所は隣県の高速道路を降りてすぐの道の駅。

 ここまで1時間ほどかかった。時間は約束の10分前。


 私は道の駅の売店でスポーツドリンクを買って車に戻った。

 車は駐車場の端の方に停めている。そこから道の駅全体を監視しながら、頻繁に喉を潤した。


「来た……」


 見覚えのある車が駐車場に入ってきた。

 車から降りてきたのは、やはり私の夫だった。


 彼が売店の入り口に立つと、少しぽっちゃり気味の女性がトコトコやってきた。

 いわゆる地雷系と呼ばれる派手なワンピースを着ているけれど、正直、似合っていない。

 内側にカールした黒髪ショートを揺らし、夫の前で立ちどまった。


 その顔にはやはり見覚えがある。探偵から受け取った報告書にあった顔写真と一致する。

 桃背ももせ恵奈えな。彼女のことなら名前や顔以外にも知っている。

 32歳。私より3つも年上。無職で実家暮らし。


「なんで……?」


 思わず車内でポツリとつぶやいた。

 だって、私のほうが若いし顔もいいしスタイルもいいんだもの。

 自分のことだから多少の主観が入ることは否めないけれど、これでもできる限り冷静に比べているつもりだ。

 10人に訊いたら10人が賛同してくれると思う。


 ふたりは桃背恵奈の車に乗り込んだ。

 ピンクの軽自動車が発進したので、あとに続く。すぐうしろについたけれど、変装しているし、バックミラーを見るのは運転している桃背恵奈なので、尾行には気づかれないだろう。


 途中で信号に捕まって離されたりしたものの、どうにか見失わずについていけた。


 ふたりの乗る車はついにホテルの敷地に入った。

 もちろんビジネスホテルではなく、そういうホテルだ。


 さすがに一緒に入ると尾行がバレるので、いったん通り過ぎてから戻った。

 空いている部屋の駐車場に車を置き、歩き回ってピンクの軽を探す。

 真昼のラブホテルに車は少ないし、派手な色をしていたからすぐに見つかった。ピンクの軽自動車はこの1台しかない。


 私はホテル名、部屋番号、時刻を確認してログアウトした。


「お疲れ様です。あとは現実のほうでホテル付近の施設の監視カメラに映っていないか当たるだけですね」


「はい……」


 伊居さんはまた証拠獲得に一歩近づいたと喜んでくれつつ、私の煮え切らない返事を気にかけてくれた。


草井くさいさん、仮想過去で何かやり残したことでもありますか?」


「はい。でも、証拠集めには必要ない個人的なことなので……」


 ベッドに腰掛けた私はうつむいてため息をついた。

 これはあくまで仕事。ワガママは言えない。


「構いませんよ。これは浮気調査なので、調査人の心に寄り添えるに越したことはありません。VAISの応用力を確かめることにもつながります」


「ありがとうございます」


 キラリと光る黒縁メガネの奥にある目はとても優しかった。

 伊居さんは白衣をひるがえし、さっそくVAISを操作するコンソールに向かった。


「次のダイブ先は、夫がホテルに行く4日前の夜でお願いします」


「はい。いつでも行けますよ」


 そして、私は新たな仮想過去へとタイムリープした。


 私がやりたかったこと。それは、不倫中の声を録音すること。

 ふたりがどんな会話をしているか知りたかったのだ。夫がなぜ私より桃背恵奈を好むのか。それを知りたかった。


 夫の不倫決行日の4日前にダイブした私は、ネットでタイマー録音可能なカード型ボイスレコーダーを注文した。

 そしてすぐにログアウト。


「伊居さん、次はまた3日後に設定をお願いします」


 3日後だから、AIの演算にまた1時間ほどかかるだろう。なんとももどかしい。


「わかりました。あ、草井さん。もう正午を過ぎているので、ご飯にしませんか?」


「あ、そうですね」


 夢中になりすぎて、すっかり忘れていた。

 思い出すと急激に空腹が襲ってくる。そして「グー」と体からも催促された。


「あ、すみません」


 恥ずかしくて顔が火照ほてる。顔が赤くなっていそうで余計に恥ずかしい。


 でも伊居さんは気にしていない様子だった。もしかしたら気づいていないのかもしれない。


「草井さん。今日はラボの食堂にご招待します。新しいので気分がいいですよ」


 伊居さんはまぶしい笑顔で私をエスコートしてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る