第18話 おつぼね泥棒ママ②

美希みき。ねえ、美希……」


 私は事務所の入口から手招きをして同期の美希を呼び寄せた。

 廊下に出てきた彼女を捕まえ、給湯室に引きずり込む。


「何? どうしたの?」


 戸惑う美希に、私は重量感のある紙袋を渡した。


「お願いがあるの」


 私が美希に渡したのは、帰社途中で買ったお土産。

 休日には列をなす人気スイーツ店の高級フルーツタルトが2個入っている。


「えっ、これ! でもどうせ、ほかの人に渡してって言うんでしょ?」


「美希の分もあるから。これであずま先輩を給湯室に連れ出してほしいの」


 私は美希に事情を説明して協力をとりつけた。


「でも、いきなり誘ったら怪しまれるんじゃないの?」


「同期が迷惑をかけているお詫びとでも言えばいいわ。あと、2個しかないから誰かに見つからないうちに食べようって誘えば自然と連れ出せると思う」


 仕込みが完了し、あとは作戦実行のタイミングをうかがう。


 時刻は13時すぎ。

 東先輩は昼食休憩から戻ってきている。そして課長が遅めの昼食休憩で離席した。


 私が美希にアイコンタクトで作戦開始の合図を送ると、美希が紙袋を持って東先輩の方へ歩いていった。


 私はひたすらパソコン画面を見つめ、仕事に没頭しているフリをする。

 耳を澄まして、ふたりが事務所を出ていったことを確認してから私も立ち上がった。


 少しくらい事務所に人が残っていても誰も関知してこないだろうと考えていたけれど、幸運なことに事務所には私ひとりしかいなくなっていた。


 私はピンクのUSBメモリを握りしめ、東先輩のデスクに向かった。

 デスク下に置いてあるハンドバッグを引きずり出し、内ポケットに入っているUSBメモリを取り出して、代わりに新品を入れる。

 そしてハンドバッグを元の位置に戻す。


 私は自分の席に戻り、USBメモリの中身を確認した。


「はぁ……よかった」


 間違いなく自分のUSBメモリだった。

 また盗られる前にデータをPC内に移し、USBメモリは自分のバッグの中にしまい込む。


 あとは国家支援技術候補の推薦書を作るだけ。半日ほどロスしてしまったけれど、期限までには十分に間に合う。


 ほどなくして東先輩と美希が戻ってきた。

 私は何食わぬ顔でひたすら仕事に打ち込む。


 なお、この作戦は東先輩にUSBメモリのすり替えがバレる前提のものとなっている。


 重要なデータが入っていると言っていたのに中身はカラッポだし、大容量が小容量に変わっているから、まず間違いなく東先輩は気づくだろう。


 もちろんバレないよう盗られたUSBメモリを戻すという作戦も可能だったけれど、そうしなかったのはわざとだ。

 もう私の勧善懲悪作戦は始まっている。


 翌日、私は自分のデスクにピンクフレームの写真立てを飾った。


 それから2日が経ち、ついに国家支援技術候補の推薦書が完成した。それを課長に提出し、課長からは「よくできている」とねぎらいの言葉をもらった。


 あれから東先輩からの当たりが強くなった。いつの間にかピンクフレームの写真立てもなくなっていたけれど、それは問題ない。

 私のほうも東先輩に対して多少の口答えをするようになっていた。もちろん、作戦の一環として。

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