仮想タイムリープ! ~サレ妻の私は不倫の証拠を集めて狡猾なシタ夫に離婚を突きつけます~
日和崎よしな
プロローグ
窓のない真っ白な部屋で、私は小さなベッドに体を預けた。肩ほどの幅しかない白いベッドは見た目に反して柔らかい。心地よくて、お風呂に浸かっている気分になる。
白衣を着た男が私の隣に立った。黒縁メガネの奥から私の顔を覗き込んでくる。
「準備はいいですか?」
「はい。お願いします」
思わずゴクリとノドを鳴らす。頭上からモーター音が聞こえてきて、真っ白な機械が私を飲み込んでいく。私に覆いかぶさる影が頭から少しずつ下に伸びていく。まるでクジラに飲み込まれているみたい。
MRI検査を受けるときも、きっとこんな感じなのだろう。でも、これはMRI検査じゃない。私はさらにもう一段階、機械に飲み込まれることになる。
さっきより高いモーター音を響かせ、ヘッドギアが降りてきた。そして、私の頭部を緊張と不安ごと飲み込んだ。
***
気づくと私は教会にいた。純白のウェディングドレスを着て、祭壇の前に立っていた。
祭壇の向こうには神父が立っていて、私の正面には夫が立っている。
「新郎、
「はい。誓います」
神父が夫を一瞥し、微笑を送った。それから私のことも一瞥して視線を手元に落とした。
「新婦、香織さん。あなたはここにいる卓さんを、病めるときも、健やかなるときも、富めるときも、貧しきときも、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
「いいえ。誓いません」
神父が固まった。黙して私を見つめてくる。
夫が私に顔を近づけて、小声に怒気をのせた。
「おい、ふざけていい場面じゃないぞ」
私はふざけてなんかいない。真面目……とは違うけれど、いたって本気だ。
「ふざけているのはあなたよ。あなた、不倫するんでしょ?」
夫は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして固まった。神父は目を閉じた。進行を担当している女性が小声をマイクにのせて場を取りつくろおうとしている。
しだいにガヤガヤと小さな話し声が充満してきて、ようやく夫が言葉を発した。
「なんで……何を言っているんだ?」
言い直した? ということは、不都合なことを口走りそうになったということだ。きっと「なんで知っているんだ」って言おうとしたんだ。「なんでそんなことを言うんだ」って言おうとしたのなら、言い直す必要はなかったはず。
だから、私は確信した。
「まさか、いまの時点で不倫していたの?」
「して、ないよ。不倫なんか……」
その口ごもった答え方はもはや白状したも同然。怒りを抑えていたのに、その上に新たな怒りがなだれ込んできた。
――バチンッ!
私の右手が自分の意思とは関係なく私の心を代弁した。理性が帰ってきたとき、ハッとしたが後悔は生まれなかった。
「何やってんのよぉおおおっ!」
最前列に座っていた義母が顔を真っ赤にして飛びかかってきた。左手でウェディングドレスの胸倉を掴み、右手で私の左頬を激しく打った。
「やめなさい」
義母をとめようと大勢がなだれ込んできて、私は義母と一緒にもみくちゃになった。
人生で一度きりと思っていた晴れの舞台が修羅場と化し、私は清々しくさえあった。
押し寄せる人間
「コール・ログアウト!」
『ログアウトしますか?』
悠長に語りかけてくるシステム音声。私はそれに被せるように返事をした。
「はい!」
私はここにきて初めて肯定の言葉を口にした。
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