第05話 一筋の光明
月曜日の朝から最悪の気分だったが、しかし悪いことだけではなかった。
私が報告書にまとめて提出していたVAISが、国家支援技術の最終候補の一つに残ったのだ。
それで私に新たな指示が下った。
最終候補に残った技術を吟味するため、この仮想タイムリープAIシミュレーターがいかに有用かをさらに詳細に調査しなければならない。
まだVAISが国家支援を受けられると決まったわけではないが、
ドス黒いモヤモヤを振り払うために意識的に胸を弾ませている部分もあったが、純粋に私も嬉しかった。
私は忘れないよう先に黒いマウスを買ってから伊居さんのいるラボを訪れた。
「伊居さん、VAISが国家支援技術の最終候補に残りました!」
私の第一声がそれだったせいか、伊居さんは戸惑いを見せた。
「ありがとうございます。えっと、いちおう確認ですが、それはまだ候補の段階ということですよね?」
「あ、はい。すみません。ここからさらに調査を重ねて、その結果を吟味して国家支援技術が選ばれます」
伊居さんは固い表情を崩しつつも、白衣の襟の位置を整えた。
「わかりました。それじゃあ、いっそう頑張らないといけませんね」
私は案内されてVAISの装置横までやってきた。
伊居さんが黒縁メガネ越しに知的な眼差しを向けてくる。
「装置に関しては前回ほとんど説明しましたが、ほかにどんな情報が必要ですか?」
「そうですね……。VAISがいかに有用でどのように役立つのか、実績などの情報があるといいと思います。そういうのって何かありますか?」
その問いに対する返事をもらうのに少し時間がかかった。
伊居さんは後頭部を指でかきながら、申し訳なさそうに答えた。
「実績といえるようなものはないと思います。仮想過去にダイブしてログを残すことは簡単ですが、現実で役立つ実績を作るとなると……」
言いながら途中で考え込んでしまったので、伊居さんの言わんとするところを確かめる意図も込めて私が言葉を引き継いだ。
「ただ過去を覗き見るだけじゃダメで、VAISを使うことで現実の問題を解決しないといけないってことですよね?」
「そうなんです。
「え、私ですか!?」
私の要望を訊かれたので驚いた。試験管の中を覗き込んでいたら、中にいたのが自分だった気分、とは言いすぎか。
前回はあくまでVAISを体験するために仮想過去にダイブしたが、まさか私が自分でVAISの実績作りをする必要が出てくるとは思っていなかった。
「あ、もちろん、たとえばの話です。草井さんも嫌ですよね。ほかにダイブしてくれる人を探します」
私はべつに嫌とは思わなかった。ただ不意を突かれて驚いただけ。
前回より恥ずかしいことなんてそうそうない。過去に戻って不倫夫との結婚式をぶち壊した体験は清々しかった。
「いえ、嫌じゃないです。でも私のやりたいことなんて、完全にプライベートなことです。大切な装置をそんなことのために使うなんて……」
伊居さんの両手が私の肩にのった。ドキリとして、まぶしい眼鏡の奥を見つめる。
そこには真剣な眼差しがあった。
「いいえ、草井さん。むしろ助かります。みんな引き受けたがらないんですよ。過去のプライベートを見られるから。草井さんが過去に戻ってやりたいことって何ですか?」
「え、えっと、その……」
私は伊居さんのまっすぐ見つめてくる目から視線を逸らしながら答えた。
「夫の浮気調査です。警戒される前の時間に戻って、証拠を集めたくて……」
「やりましょう! 浮気調査の実績を作りましょう!」
眼差しだけではない。伊居さんは言葉と態度もまっすぐだ。
その勢いに圧倒され、私は無意識のうちに首肯し、握手までしていた。
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