第16話 証拠集め②

 ラボに戻ると、会議室にノートPCを持ち込んでデータの内容を確認した。


 昨今では社会全体のセキュリティー意識が高まり、録画データはクラウドストレージを利用して長期間保存されている。

 私が仮想過去で見た約3年前のデータもちゃんと残っていた。


 結婚後最初の不倫の映像を抜き出し、それを保存する。


 それ以外にも、夫と不倫相手のSNSでのやりとりの記録から、ホテルを訪れた日と時間を計算して録画データを確認していく。


 全体のうち、3割程度の密会を押さえることができた。


「7割は別のホテルに行っているんでしょうか」


「このホテルのときみたいに、また仮想タイムリープで突きとめましょう」


 それからの私は、別のホテルに行っていると思われる日に狙いを定めてVAISで仮想過去にもぐった。


 その結果、ほかにも3つほどのホテルを使い回していることがわかった。

 それから何度かホテル内の音声を録音もした。

 最初のホテルと同様に、ほかでも監視カメラの録画データを提供してもらった。


 これによって密会の9割について証拠映像を確保できたし、残りの1割はまるで本命の恋人のようにデートをしていたことを突きとめた。


「これで集めるべき証拠は集まりましたね」


「はい。あとは資料にまとめるだけです」


 私の収穫としては、証拠がそろったのはもちろんだが、これまで私が見抜けていなかった夫の本性もよく知ることができた。


 夫は結婚前から桃背ももせ恵奈えなと浮気をしていたし、結婚後もいまに至るまでずっと不倫をしていた。


 夫は自分が既婚であることを桃背恵奈に言い聞かせ、不倫がバレかねない行動は絶対に取らないよう厳命していた。


 夫は不倫の痕跡が残らないよう自分の車には絶対に桃背恵奈を乗せなかった。必ず彼女の車に乗って移動していた。


 夫は私が稼いだ金を桃背恵奈のために使い込んでいた。


 夫は種無しだった。

 その自覚があるにもかかわらず、結婚前から子供が欲しいと言っていた私にそれを隠して入籍した。


「はぁ……」


 もはやため息しか出ない。ここまでクズだと怒りを通り越して脱帽するしかない。


 しかし気持ちを切り替えなければならない。


 最初の不倫映像を掴んでからここまで二週間ほどかかった。国家支援技術候補の推薦書をまとめるという私の業務上の期限も目前に迫ってきている。

 これは完全なプライベートではなく、仕事の一環なのだ。


伊居いいさん、ご協力ありがとうございました」


「いえ、こちらこそ。草井くさいさんの仕事が一段落ついたら、打ち上げとしてまた飲みにでも行きましょう」


「はい!」


 たぶん社交辞令ではないはず。伊居さんのお誘いに思わず笑顔になる。


 私は帰社しようと一度は背を向けたが、見送ってくれる伊居さんの方に向き直った。


「あの、伊居さん。よければ、前の飲み会のときみたいに香織かおりって呼んでください。草井は元々は夫の苗字なので」


「わかりました、香織さん」


 私も伊居さんのことを貴三たかみつさんと呼びたかったが、さすがに妥当な理由が見つからなくて断念した。


 私は膨大な映像データが入ったピンクの大容量USBをカバンにしまい、会社へと戻った。

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