第15話 証拠集め①

 今日も朝礼後すぐに会社を出た。


 次にやるべきことは現実世界で証拠を集めること。

 VIASによる仮想過去での出来事はあくまでAIによるシミュレーションなので、現実の証拠にはならない。

 もちろんAIは現実のデータを元に過去を再現しているが、再現結果のほうから膨大なデータソースの1つをたどることはできない。


 私は不倫現場となった隣県のホテルにやってきた。


 通常、ラブホテルのエントランスとフロント前にはほぼ必ず監視カメラが設置されているらしい。

 ほかにも駐車場や客室入口など、ホテルによってさまざまな場所に監視カメラは設置されている。


 このホテルでも客室入口に監視カメラが設置してあった。

 私はホテルの事務室を訪ね、録画映像の提供をお願いした。


「ああ、無理。提供できないよ。お客様のプライバシーを侵害することになるからね」


 予想はしていたが、きっぱりと断られた。

 第一印象は人のよさそうなおばちゃんだったが、面倒なことを言うのはやめてほしいと言わんばかりの渋い顔を向けてきた。


「これはプライベートなお願いではなく、国家の取り組みの一環で必要なことなんです」


「そんなことを言われても、よくわからないし。警察に捜査で必要と言われでもしないと出せないよ」


 私は名刺を渡し、また改めて来ると言ってそこを出た。


 私からすればもどかしいが、まあ、おばちゃんは間違ってはいない。

 広告代理店の社員を名乗る得体の知れない女が監視カメラのデータを欲しがっていたら、うさんくさく感じるのも当然というものだ。


 私は隣県から戻って伊居いいさんに相談した。


「まあ、そうなりますよね。VAISからデータの収集元にさかのぼることができれば早いんですけど、それは今後の課題です。いまはホテルの録画データをもらえるよう交渉するしかないですね」


「でも、どうやったら渡してもらえるんでしょう」


「次は私も同行します。あと、交渉の仕方を考えましょう」


 私と伊居さんは会議室で作戦を立て、一緒に隣県まで行く日程の調整をおこなった。



   ***



 伊居さんが都合をつけてくれたので、翌日の午後に隣県のホテルに来ることができた。


 事務所で応対してくれたのは、昨日と同じおばちゃんだった。


「はじめまして。私はGSN-AI技術研究所の伊居と申します」


 伊居さんが差し出した名刺には、ラメの入った銀色のロゴが載っている。

 これだけでも正式な企業の人間という説得力はあるはずだ。


 ちなみに研究所名のGSNとは、Global Social Networkの頭文字を取ったものらしい。


 おばちゃんはロゴをパソコンで調べ、GSN-AI技術研究所が実在する企業というところまでは確認してくれた。


「個人がプライベートで頼んでいるわけじゃないってことはわかったよ。でもさあ、相手が企業だからって、人様のプライバシーをほいほい提供できないよ。あんたらだって、自分がカメラに映った立場だったら嫌だろう?」


「でも、もし警察に捜査協力をお願いされたら渡すんですよね?」


「そりゃあ警察には権限があるからねぇ」


「権限があればいいんですね?」


「そりゃあ、まあ……」


 私はおばちゃんから欲しい言葉を引き出した。

 それは〝権限〟という言葉だ。そしてそれは、これから私と伊居さんで繰り広げる会話劇につなげるための鍵、キーワードである。


 私と伊居さんはおばちゃんをそっちのけにして、2人だけで会話を始めた。


「伊居さん。次は権限を持つ政府の役人に来てもらいましょうか」


「どこの人です?」


「経産省です」


「経産省っていうと、経済産業省ってことですか? そんな偉い人にわざわざご足労いただくんですか!?」


「そうです。うちの部長が頼めば来てくれると思います。だいぶ嫌な顔をされるでしょうけれど」


「国家支援技術を担当している方ですよね? 気難しい人なんですか?」


「ええ、かなり。これは聞いた話ですが、その方との仕事で失態を犯すと、その人の会社に連絡して減給やらボーナスカットやらをさせるってことがよくあるらしいです。最悪、クビになることもあるとか……。正直、あんまり関わりたくない人です」


「お忙しいところ、お手をわずらわせてしまうので、我々3人は相当に印象が悪いでしょうね。まあ、私と草井くさいさんはホテル側ほどではないと思いますが」


 おばちゃんは私たちの会話を不安そうに聞いていた。

 そんな彼女も会話劇に巻き込む。


「この件、上司さんには確認していただけました?」


「え? してないけど……」


「確認してもらえませんか? あなたも1人で責任を負うのは嫌でしょう?」


 私が貼り付けた笑顔を向けると、おばちゃんは動揺した。視線が何度か電話の方に向く。

 そこに、伊居さんが脳内会議の悪魔役を買って出る。


「待ってください。私は反対です。もしその上司がわからず屋だったら最悪ですよ。データ提出を断固拒否されたら、その人を含めた我々4人全員が減給なりクビなりされかねません。それは嫌だなぁ」


「たしかに相談した時点で引き返せなくなりますね。この方が録画データを出してくれたら、そんな心配は必要ないんですけどねぇ」


 おばちゃんは不安げな表情を浮かべて悩んだ末に、録画データの提供を決断してくれた。


 おばちゃんを騙したと言えなくもないが、さっきの話は完全な嘘というわけでもない。

 経産省にはそういう人がいるといううわさを聞いたことがあるし、もし今回でダメなら次は実際に経産省の人を巻き込むような相談を上司にするつもりだった。

 私の心配事を少し飛躍させて聞かせただけだ。ものすごく運が悪ければ、実際に私と伊居さんが話していた内容どおりのことも起こりかねない。


「ご協力、感謝します」


 私と伊居さんはついに監視カメラの録画データをゲットしてホテルをあとにした。

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