第60話「そのように考えたら、居ても立っても居られなくなり、今朝勇気を出そうと決めたのですわ」
翌日、ロジェは久々の休日……だったが、朝のみ返上した。
前日自ら申し出て、アメリーとともに市場へ買い出しへ出かけたのである。
アメリーがすまなさそうに言う。
「申し訳ありません、ロジェ様、せっかくの休日なのにお気遣い頂いて……本当にありがとうございます」
対してロジェは笑顔で、首を横へ振る。
「いえいえ、アメリーさん、全然構いません。俺、ず~っと白鳥亭のお手伝いが出来ていませんでしたから」
「そんな! 王都で集荷中とか、ギルドのお仕事中でも、少しでも手が空いた時には白鳥亭を手伝って頂きましたよ」
「いえいえ、そんなの大した事はないです。それにアメリーさんと一緒に働いたり、こうして出かけられるのは嬉しいですから」
「私も! ロジェ様とふたりきりになるのが凄く嬉しいです!」
久々のふたりだけの時間。
アメリーは、ロジェにぴとっと寄り添い甘え、ロジェもそんなアメリーが愛おしい。
そして、市場ではお約束の『いじり』があったのだが……
いつもは、遠慮がちなアメリーのコメントに大きな変化があった。
「アメリーちゃん、彼氏といつ結婚するんだい?」
という問いかけに対し、いつもなら「そんな……」と口ごもるのに、
「ロジェ様さえ宜しければ、私はいつでもOKです!」
覚悟を決めたという雰囲気を漂わせながら、
きっぱりと何度も何度も言い切ったのだ。
万事において控えめで、恋愛にも奥手気味のアメリーが、
一体どういう心境の変化であろうか?
こうなると市場の皆が面白がり、
「おいおい! だとよ! 彼氏さん、いや、ロジェさん! アメリーちゃんが、ここまで言っているんだ! ちゃんと最後まで責任を取らなきゃな!」
という突っ込みとなるのは、必然であった。
冒険者ギルドの依頼でマルスリーヌ王女に再会。
密かにとんでもない事が進行。
ヤバい状況になりつつある事を知り……
自分の今の幸せを絶対に壊したくない!
こう決意した今が、頃合いだろう。
「はい、俺も真剣にアメリーさんとの将来を考えています。今すぐにでも結婚したいです!」
きっぱり言い切ったロジェ。
当然、市場の人々は大盛り上がり、やんややんやの大喝采。
ぴゅう、ぴゅう、口笛も飛び交う始末。
「お! 言ったな? 俺達が証人だ! 男に二言はないぞ! アメリーちゃんを幸せにしなかったら、承知しないからなっ!」
アメリーは白鳥亭は勿論、市場でも大の人気者。
真剣な表情で市場の人々から詰め寄られたロジェは、
「約束します! 絶対にアメリーさんを幸せにします!」
と更にきっぱりと言い切ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アメリーに対し、ほぼプロポーズしたロジェ。
仕入れが終わり、白鳥亭に戻る帰り道。
元々良好なふたりの仲は、更に更に深く親密となった。
白鳥亭に戻って、そんなふたりを見たアメリーの母オルタンスは、
「ふたりの雰囲気がいつもと全く違う」と、すぐ気付いたのだろう。
「ロジェ様、ありがとうございました」とロジェへ礼を言い、更に、
「申し訳ないのですが、まかないの朝食を食べ終わったら、今日は引き続き、アメリーの相手をして貰えますか?」
とも言う。
先ほどの市場における件で、今日が『特別な日』『ターニングポイント』となり、
もう少しアメリーと一緒に居たいと思っていたロジェが即座に了承すると、
次にアメリーへ向かい、
「アメリー、朝食が終わったら、今日は仕事を休んで1日、ロジェ様とデートしていらっしゃい」
そしてアメリーの叔母のバベットも、
「ええ、アメリーちゃん、存分に楽しんで来てね」
と快く送り出す事をOKしてくれたのである。
……という事で、ロジェも宿の朝食手配を手伝い、
客がひけ、4人でまかないの朝食を摂った後……
ロジェとアメリーは再び王都の街中へ出かけた。
再びふたりきりとなったロジェとアメリー。
「ロジェ様」
「何でしょう?」
「あの……何故、私がいきなり結婚に積極的になったのか、不思議に思われていますよね」
「ええ。でもアメリーさんから、いつでも結婚がOKと言われ、素直に嬉しかったです」
「うふふ、私もです。ロジェ様が、真剣に私との将来を考えています。今すぐにでも結婚したい! そして約束します! 絶対に私を幸せにします!とおっしゃって頂き、本当に嬉しかったのです」
互いの気持ちを確かめ合い、相思相愛となったふたり。
両名とも幸せだと思うが、マルスリーヌ王女に酷い仕打ちを受けたロジェは、
特に幸せを感じていた。
「ロジェ様」
「はい」
「話を戻しますね。何故、私がいきなり結婚に積極的になったのか、という事について」
「……ええ、ぜひ聞きたいですね」
「それは……マルスリーヌ王女様のお話を聞いたからです」
「え!? マルスリーヌ王女様!?」
アメリーの口から、いきなりマルスリーヌ王女の名が出て、
さすがにロジェは驚いた。
「はい、宿のお客様、旅の商人さんから話を聞きました。勇者ラウル・シャリエ様は魔王を倒した後、能力を喪失され、自ら引退と婚約破棄を申し出たそうです。そして魔物に襲われて、亡くなられたと……」
アメリーの話は、マクシミリアン殿下から聞いたのとほぼ同じであった。
マルスリーヌ王女の大噓であり、どうしようもない噂ではあるが、世間の人々は皆、信じているらしい。
「ええっと……そうらしいですね」
「はい、その話の以前に私は聞きました。マルスリーヌ王女様の勇者ラウル様に対する愛はとても深かったと……」
この噂も凄い大嘘だ。
顔をしかめそうになったロジェは危うく思いとどまった。
一方、アメリーの話は続いている。
「私、思ったんです。自ら身を引いたラウル様はもう自分はお役に立てないと愛を貫き、それを見送られたマルスリーヌ王女様も、王女という公的な身分ゆえに、断腸の思いで愛を手放したと」
「そ、そうなりますか」
「はい! でも私は思います。いかに勇者の能力を喪失しようとも、ラウル様はラウル様。マルスリーヌ王女様は勇気を出して、平民のラウル様を手放すべきではなかったと」
「成る程」
「マルスリーヌ王女様は身分、立場を優先され、結局、愛を手放してしまわれた。私はそうなりたくないんです」
「そうなりたくない……」
「はい、ロジェ様。私はしがない平民で宿屋の娘です。でもロジェ様は平民とはいえ、今や王家からも声がかかる有望な冒険者。いつかは王家や貴族家から仕官のお声もかかるやもしれません」
「……………………………」
「もしも王家や貴族家に乞われ仕える事になったら、身分が全く変わってしまう……平民の私とは、二度と結ばれる事はない」
「……………………………」
「そのように考えたら、居ても立っても居られなくなり、今朝勇気を出そうと決めたのですわ」
アメリーはそう言うと、ロジェへにっこり微笑んだのである。
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