第10話「構わんと言っている。儂の気が変わらんうちに買うこった」
あっさりと石を握りつぶしたロジェは満足そうに笑った。
やはり勇者であった頃よりも、数十倍以上膂力がアップしている。
魔王の能力も加算された今ならばドラゴンも一撃で殴り倒せそうだ。
いや、軽く持ち上げ、投げ飛ばす事も容易だろう。
一方、3人の男達は、ロジェのパフォーマンス?を見て呆気にとられた。
目の前で一体何が起こったのか、分からないようである。
一番近くに居て、挑発して来た男が大いに驚き、目を丸くする。
「て、てめ! な、何をした!」
「いや別に……石を握り潰しただけだ」
「い、石を握り潰したあ!? な、な、何言ってやがる!!」
「ははは、もう1回やってやろうか?」
「な、何いい!!」
ここで他のふたりが声を張り上げる。
「あ、兄貴! こいつ! 何か手品をやりやがったんだ!」
「そ、そうだ! 誤魔化して、魔法か何かで石を砕いたんだ!」
しかしロジェは、にやりと笑い、再び石を拾う。
「だからもう一度やると言っている。今度はてめえらに良く見えるようにな」
そう言ったロジェ、今度は親指と人差し指で石をはさむ。
「お前ら、よ~く見てみろ。俺は手品の種も仕掛けも、そして魔法も使ってない」
ロジェの言葉を聞いた男達は、はさんだ石を凝視した。
「ほら、カウントダウンだ。3、2、1、ゼロ」
ゼロと告げたロジェの言葉とともに、石はごしゃ!と同じ異音をたて、
親指と人差し指の間で粉々に砕け散った。
「うわ!」
「ひえ!」
「ぐわ!」
驚いた男達の目が面白いほど真ん丸となる。
「さてと、ウオーミングアップは終わった。じゃあ、俺とつかみ合ってみようか? 誰から行く? 3人まとめてでもOKだぞ」
ロジェは、男達へ拳を突き出し、ぐ~ぱ~ぐ~ぱ~する。
これは充分な威嚇となったようだ。
「や、やべえ!!」
「た、助けてくれえ!!」
「に、逃げろおお!!」
3人の男達は回れ右して、脱兎の如く逃げ去ってしまった。
「奴ら、思った以上にヘタレだったな。あの様子だと余罪は結構ありそうだけど」
呆れて苦笑しつぶやくロジェであったが、
ヘタレ愚連隊のせいで、無駄な時間を使われてしまった。
まあ、仕方がない。
とりあえず冒険者ギルドへ行き、更に買い物をして、最後は今夜の宿探しだ。
「よし、グズグズせず、ちゃちゃっと片付けるぞ」
話し相手の従士魔獣ケルベロスが傍に居ないせいなのか、
独り言を言う癖がついてしまった。
心の内で吐いても良いが、肉声には出さないでおこうと反省する。
再び苦笑したロジェは徒歩で、シーニュ王国王都の冒険者ギルド支部へ。
10分ほどかかった冒険者ギルドは、
依頼を完遂したらしい冒険者が続々と吸い込まれていた。
ああ、そうか。
『ラッシュ』の時間なんだ。
逃亡劇のあわただしさで、
冒険者ギルドの『お約束』を失念していたロジェはまたも苦笑した。
補足しよう。
冒険者ギルドの『ラッシュ』とは、朝の業務開始時間午前8時から午前9時の間。
また午後4時から午後6時の間であり、『窓口の繁忙タイム』を指す。
朝一で、少しでも良い依頼を求める冒険者で混み合い、
夕方は依頼を完遂し、報酬をすぐにでも受け取りたい冒険者で混むのである。
とりあえず場所は
明日、ラッシュの時間を外してまた来よう。
そしてとりあえず冒険者登録をしよう。
ワールドワイドな組織、冒険者ギルドで登録をすれば、登録証が身分証明書になり、
どの国のどの街へ行っても通用する使い勝手の良さがある。
ロジェがこのシーニュ王国へ来たのは、国外からやって来る他国者に寛容であり、
身元の確認などしない為だ。
さてさて!
冒険者ギルドを後にしたロジェは、
パピヨン王国王都で行ったように買い物にいそしむ。
故国の王都では、万が一何を買ったのか特定され、後追いされたらまずいと考え、
武器防具など目立つ者は一切購入しなかった。
用心し過ぎだと突っ込みがありそうだが、ロジェはこの用心深さと果断さ、
そして切り替えが早いポジティブさを併せ持った性格で魔王軍を倒したのだ。
ただ、ここは遥か約3,000㎞離れたシーニュ王国王都である。
加えてオーガキングに捕まった事で死亡したと思われている事、
変身の秘法で、年齢容姿をすっかり変えている事などから、
もはや武器防具の何を買おうと自由である。
しかし、所持金は既に所持していたのと婚約手切れ金を足した残りが、金貨50枚。
あまり良い物は買えない。
まあ、通常の武器防具に身を固めた方が、
そうロジェは考え、とある武器防具屋へ入った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ロジェはのこのシーニュ王国の内情、地理はざっくりと知っていても、
王都のどの店が良いとか、そこまでの知識はない。
この店へ入ったのは、新品よりリーズナブルな『中古品』を扱っているから。
客が新品を購入する際、それまで使用していた品を下取り、レストアし、
再販しているのだろう。
ロジェが見やれば、カウンター奥に座る店主は、見た目が気難しそうな、
70歳近いと思われる老人である。
「いらっしゃい」も言わず、無言でロジェを見たが、すぐ視線を外す。
とんでもなく愛想のない店だ。
だがロジェは嫌な顔ひとつせず、
「こんにちは! 中古の剣と革鎧の上下、それとバックラーを。安ければ、収納の魔道具も買いたいんですが」
と言い微笑みかけた。
対して店主は相変わらず無言だったが、ゆっくりと立ち上がり、告げる。
「……若いの、その片隅にあるのが、全て中古品だ。革鎧は試着して構わん。好きなのを選び、カウンターへ持って来い」
随分と上から目線の命令口調である。
こんな態度と物言いでは、帰ってしまう客も居るのではとロジェは思う。
しかし、ロジェの『勘』が言っていた。
ここには良品、掘り出し物があると。
一層鋭くなった勘の良さも魔王の能力が加わったからかもしれない。
「分かりました。いくつか選んで持って行きます」
素直に従ったロジェは店主に示された『中古品コーナー』へ移動。
……そこには使い込まれた武器防具が並んでいた。
そこでロジェは精神を集中し、目を細めながら、武器防具を片っ端から見て行く。
実はこれもロジェの能力テストの一環である。
原初の魔王から聞いた中に、鑑定のスキルがあったので試してみる事にしたのだ。
やりかたは至って簡単。
商品をじっと凝視すると、心の中に、
最上、優、良、並、劣化、粗悪品、論外と言葉が浮かぶというのだ。
また魔法の品であれば、
当然、店主にそんな事は言わない。
ロジェは置いてあった商品の中から、やや長めの鋼鉄製スクラマサクスと、
サイズを確認して試着したカーキ色の革鎧の上下、
そしてミスリル製のバックラーを選び、店主の下へ持って行った。
3品とも、強化魔法が
切れ味と防御力が格段に増していた。
値札が付いていて、スクラマサクスは金貨3枚、革鎧の上下は金貨10枚、
ミスリル製のバックラーが金貨5枚。
中古だが魔法の武器防具としては超が付く格安さである。
そんなロジェの
「ほう、やるな、若いの」
「はあ、とても良い品を置いていますね。これをください。後、収納の魔道具を見せて頂けますか? こちらも中古で、予算が足りるなら買わせて貰います」
「ああ、良いぜ」
店主はにやりと笑い、空間魔法が
腕輪型の収納魔道具を出して来た。
銀製の腕輪を手首に装着、言霊を詠唱し、荷物を出し入れする魔道具である。
庭付きの広い一軒家と同じくらいの容量があるという。
パピヨン王国で貸与されたものより小型で性能が良さそうだ。
「これは金貨2枚だ。都合、金貨20枚で構わん」
「え? 収納の魔道具が金貨2枚では安すぎますよ」
ロジェは言ったが、店主はふんと鼻を鳴らす。
「構わんと言っている。儂の気が変わらんうちに買うこった」
このような時は素直に従うのが賢明だ。
「ありがとうございます」
ロジェは金貨20枚を払うと、店で着替えさせて貰い、荷物も仕舞った。
そして完全に冒険者の出で立ちとなり、店を出たのである。
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