第14話「……アメリーさんの放つ心の波動は、マルスリーヌ王女とは大違い。 素直で純粋だ」
ロジェは厨房へダッシュ。
そして、料理を渡し、運ぼうとするオルタンス、アメリー母娘へ、
「俺! 料理を運ぶのを手伝います!」
と、声を張り上げた。
「え!?」
「えええっ!?」
驚き戸惑うオルタンス、アメリー母娘。
当然のリアクションであろう。
どこの世界に初見の客に仕事を手伝わせる宿屋があるのか。
その上、ロジェはアメリーを愚連隊かぎ爪団から助けた恩人だ。
「そんな! ロジェ様!」
「お客様にそんな事をしていただくわけには……」
「いえいえ、困った時はお互い様です。俺、以前飲食店に勤めていたので、配膳とか慣れていますし。良かったら従業員用のエプロンを貸してください」
「で、でも……」
「ロジェ様……」
「さあ! さあ! こんな押し問答をしている暇はありません。大勢のお客さんが待っていますから、どんどん料理を運びましょう」
ロジェにここまで言われ、更に食堂からは結構な喧噪が聞こえ、
オルタンス、アメリー母娘も腹を
「ロジェ様! ありがとうございます! 本当に助かります! ……アメリー、亡くなった父さんの予備のエプロンをロジェ様へ貸してあげて」
「亡くなった父さんの予備のエプロンをロジェ様へ!? は、はいっ!」
オルタンスの言葉を聞き、アメリーは一目散に厨房脇の部屋へダッシュ。
倉庫らしいが、そこから1枚のエプロンを持って来た。
アメリーが着ているのと同じ、
サイズは、彼女が着ているものより大きいものであろう。
「はい、ロジェ様、これを着て下さい。私とお揃いですわ」
「ありがとうございます、アメリーさん。お借りします」
エプロンを受け取ったロジェは素早く着用。
同じエプロンを着たふたりは従業員同士というか、身内同士にも見える。
先述したが、幸い、料理は決まった定食の一種類のみ。
ちなみに、以前、酔客同士のトラブルがあったので、
白鳥亭はエール、ワインなどのアルコールを出してはいない。
そのせいで客足が落ちたから、アメリーは往来で客の呼び込みをしていたと、
ロジェは聞いていた。
それが急に客が押し寄せ、あっという間に満員となってしまったのだ。
原因不明のお客様増加に戸惑いながら、嬉しい悲鳴といったところか。
少しブランクはあったが、ロジェの配膳と接客は手慣れたものであった。
アメリーとの息もぴったりで、何人かの常連客からは、
「おいおい、アメリーちゃん、結婚して婿を取ったの?」
と、突っ込まれてしまったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
突っ込んだ常連客のひとりは、60歳近いと思われる、
シーニュ王国王都内に住む年配の商人だ。
アメリーは慌てて否定する。
「い、いえ! ち、違いますっ!」
否定するアメリーに商人は再び突っ込む。
「でもさ、アメリーちゃん、男子が大層苦手だったじゃない? 仕事以外では上手く話せないって」
「い、今でも! そ、そうです!」
「でもさ、その彼とは凄く仲良さそうだったよ。息ぴったりって感じで、にこにこして話してさ。結婚の約束でもしたのかな?」
「あうううう……そ、そんな事……」
「あはは、顔が真っ赤だぞ。嘘をつけないアメリーちゃんは正直だなあ」
指摘通り、商人と話すアメリーの顔は真っ赤になっていた。
「ううううう~」
手で顔を覆い、恥ずかしがるアメリーへ、商人は更に言う。
「本当に残念だよな~、アメリーちゃんを、先日、金細工職人として独立した俺の息子の嫁にしたいと思っていたけどさ」
「ご、ごめんなさ~い!」
このような時、ロジェがどうこうと口をはさむのは悪手である。
ただただ笑顔で当たり障りのない対応と会話をし、
テキパキと配膳をこなす。
食べ終わった客が退席したら、さっさと食器を片してテーブルを綺麗に拭く。
汚れた食器がたまったら、オルタンスに断り厨房へ入って手早く洗い物をする。
そんな事の繰り返しで、客達の殆どが食事を終えたのは、
午後8時30分少し過ぎであった。
更に午後9時を回ると全ての客が部屋へ戻り、
ようやく3人は、がらんとした食堂で夕食を摂る事に。
ちなみに、テーブルの上に並べられているのは、客が食べていたのと同じ『定食』
これが、今夜の3人の『まかないメシ』である。
そして、テーブルについたオルタンス、アメリー、ロジェの表情はと言えば、
久々の満室状態、『満員御礼』に、
オルタンスとアメリー母娘は、満面の笑みたるほくほく顔。
そして、何のクレームもトラブルもなく、客達への夕食提供が済んだのは、
手際のよいロジェのサポートが大いに貢献していたからだと強調する。
「お疲れ様でした! そしてありがとうございました! スムーズにお客様方の夕食が終えられたのはロジェ様の助けがあってこそです」
オルタンスがそう言うと、アメリーも、
「お疲れ様でした! そしてありがとうございました! お母さんの言う通りですよ。ロジェ様には私、昼から夜まで、ず~っと助けて頂きっぱなしです。本当に感謝していますわ」
対してロジェもふたりと同じく、笑顔である。
「いえいえ、俺も久々にこういう仕事が出来て良かったです」
久々にこういう仕事が出来て良かった……ロジェの言葉は本音から出たもの。
つい先日まで魔王軍との戦いに明け暮れていたロジェにとって、
同じ肉体労働でも、こちらの方が全然楽しかったから。
ロジェが、つらつらと考えていたら、アメリーがおずおずと……
「あ、あの……ロジェ様」
「はい」
「さ、先ほどは申し訳ございませんでした。私、あの方には良くいじられるんです」
アメリーが謝罪しているのは、先ほどの商人とのやりとりであろう。
ロジェに向けるアメリーの優しい眼差しには、
ほのかな想い――好意の波動が込められていた。
……アメリーさんの放つ心の波動は、マルスリーヌ王女とは大違い。
素直で純粋だ。
そう感じたロジェは柔らかく微笑み、
「いえ、アメリーさんが謝る必要なんかありません。俺もアメリーさんと、息ぴったりと言われて、とても嬉しかったですから」
「え!? えええ!? ほ、本当ですか!?」
ここでオルタンスが会話に割り込んで来る。
「うふふ、な~に? アメリー。いじられて謝ったりとか、息ぴったりとか、何の話?」
「え? な、内緒……」
「こら、白状しなさい、アメリー」
「お、お母さん!」
興味津々なオルタンスの追及は容赦がなかった。
「実は……」とアメリーは事の顛末を白状させられてしまう。
するとオルタンスは、一番の満面の笑みを浮かべ、
「頑張って! アメリー」
そう、奥手の愛娘に恋のエールを送ったのである。
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