第21話「ああ、頑張れば、そこそこの冒険者にはなれるだろう。俺が保証する」
いくら動きが素早いとはいえ、たった1ポイントとはいえ、
実戦ではないランク判定試験の模擬戦とはいえ……
若干15歳の素人少年に、剣聖と
アルフォンス・カルヴェは敗れた。
これは厳然たる事実である。
驚きのあまり、しんと静まり返る闘技場。
立ち合いの職員、順番待ちの冒険者志願者は全員無言である。
唯一唸っているのがアルフォンソ。
「う~!」
本当に負けず嫌いなのであろう。
心の底から悔しい!というしかめっ面だ。
人間はしばしば感情によって、誤った判断をする事がある。
このままだと、アルフォンソの個人的な感情により、
ロジェの実力は正しく評価されない怖れが ある。
しかし、このやばい状況もロジェの想定内。
ここで、ロジェは深々とお辞儀をした。
作戦の次の段階である。
「アルフォンソ試験官様、醜態をお見せして、申し訳ございませんでした」
ロジェの『お詫び』を聞いてびっくりしたのは、
戦ったアルフォンソと審判役の試験官である。
「え!? えええ!? し、醜態だと!? お、お前が、か、勝ったのに!? ど、どうして謝るんだ!?」
「おいおい、ロジェ君、何か、後ろめたい事でもあるのかい?」
審判役の試験官が言うように、ロジェに後ろめたい事はある。
ロジェ・アルノーは、魔王を倒した勇者ラウル・シャリエが擬態した、
別人格たる少年の姿だから。
しかし、そんな事はさすがに言えない。
そして、現在も作戦は想定内で進行中。
剣聖が負けて怒るのも予定の内に入っていた。
ロジェは謝罪する理由を明かす。
「はい、自分の実力不足とはいえ、最初の1ポイント以外はまともに戦わず、逃げ回って、アルフォンソ試験官には不快な思いをさせてしまいました」
素直に、低姿勢で謝罪するロジェ。
「え!? 俺に? 不快な思い? ……だと?」
一瞬、目を丸くして驚いたアルフォンソであったが、
今までの不機嫌さが嘘のように雲散霧消。
あっという間に機嫌が直り、
これまでの見下し&尊大な態度ががらりと変わったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「本当に申し訳ありません、アルフォンソ試験官様」
アルフォンソはオーバーアクションな身振り手振りで、そして大きな声で、
ロジェの謝罪を止めようとする。
「おいおい、待て! 待て! ロジェ! ロジェ・アルノー君よ。そんなに簡単に謝るんじゃない!」
ここで、否定したり反論するのは愚策である。
軽く尋ね、相手の話を肯定するだけで良い。
「そうですか? 謝ってはいけませんか?」
「ああ、当たり前だ」
「当たり前ですか?」
「うむ! 例えまぐれとはいえ、たった1ポイントだけとはいえ、君はな、この俺、アルフォンス・カルヴェに勝利したんだ。大いに誇って構わんぞ!」
「大いに誇って構いませんか?」
「ああ、俺が許す! 誰がなんと言おうと許可する!」
先の志願者を『反面教師』にして良かった。
やはり、態度が悪いのは致命的である。
低姿勢で丁寧に接したら、名前の呼び捨てがフルネームの君付けへ、お前が君へ、
言葉遣いまで変わってしまった。
更にここでダメ押し。
ほめ殺しは必須だ。
「はい、ありがとうございます。例えまぐれとはいえ、自分はアルフォンソ試験官様から勝利を得た事を一生の誇りとします」
「うむうむ、俺から勝利を得た事を一生の誇りにか! よしよし! ところでロジェ君は手先が器用な方なのか? 希望するシーフ職には必須のスキルだが」
アルフォンソはシーフとしての適性――『手先の器用さ』を尋ねて来た。
ここで過度の自慢は禁物。
曖昧に答えるのが無難だろう。
「はい、まあまあです」
「ほう、まあまあか……成る程。生活魔法も使えるそうだし、スピードと敏捷性はロジェ君の最大の武器だ。器用さを更に磨き、戦闘力さえ高めれば、君の希望する『戦うシーフ職』になる事は可能だ。雇用するクランにとって、使い勝手が良い冒険者になるだろうさ」
「ありがとうございます。アルフォンソ試験官にそうおっしゃって頂くと励みになります」
「うむ、後ほど、ランク判定が出るだろう。本館の1階ロビーで待つが良い。業務課の人間から連絡させよう」
「はい、重ね重ねありがとうございます。希望する冒険者となったら、一生懸命、頑張ります」
ロジェが再び礼を述べると、アルフォンソは笑顔で頷いた。
「ああ、頑張れば、そこそこの冒険者にはなれるだろう。俺が保証する」
「はい、そうおっしゃって頂くと心強いです」
「よし! ロジェ君のランク判定試験は以上だ。もう退出して構わない」
「はい、いろいろとお世話になりました。皆様、これで失礼致します」
という事で、ランク判定試験は無事終わった。
作戦はほぼ完璧に成功した……と思う。
完全に上機嫌となったアルフォンソ達にあいさつし、
ロジェは闘技場を後にしたのである。
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