第30話「え!? ロジェ様、本当ですか!?」

その日と翌日、ロジェは白鳥亭の手伝いを行いながら……

空いた時間と夜間に、残る5つの愚連隊を先の3つの愚連隊と同じく、

この王都の街に滅私奉公するくらいの労働集団に変えた。


ロジェがわずか2日間で愚連隊どもを「処置した」のは理由があった。


そもそも愚連隊はお互いに仲が良いわけではない。

隙あらば、相手の縄張りを奪い、勢力を拡大しようと狙っている。


勢力拡大は、単なる喧嘩レベルをはるかに超え、

血で血を洗う凄まじい戦いになるかもしれない。


もしも3つの愚連隊だけ処置し、放置しておくと、

非処置の愚連隊が隙ありとばかりに、

処置して大人しくなった愚連隊へ戦いを仕掛け、

王都が彼らの抗争舞台になってしまう怖れが大いにあるのだ。


いわゆる力関係のバランスが崩れるという事だが、

そうならない為、ロジェは電光石火で事を運んだのである。


そして8つの愚連隊総勢500名は、ロジェの忠実な従士として、

何か万が一の時は、大いに協力してくれるはずだ。


そして……愚連隊の著しい変化は、白鳥亭の客の間でも噂となった。


食事の際、食堂ではこんなやりとりが数多見られた。


「おいおい、最近愚連隊の奴らがやけにおとなしくなったな」


「ああ、そうだ。ウチの店からさ、みかじめ料を取るのをいきなりやめると言われた時は信じられなかったぜ」


「だよなあ! ウチもそうだ」


「そういや、あいつら早朝と夕方に、真面目に公道を掃除しているぜ」


「俺は夜中にパトロールしているのを、飲んだ帰りに見かけたぜ」


「でも、王都の愚連隊は、皆そうだぜ」


「奴らのあいさつがはきはきして気持ちいいぞ」


「ああ、こっちもつい元気よくあいさつしちまうんだ」


「本当に不思議だよな。いきなり全ての愚連隊が変わるって何なんだ?」


「そりゃ! 奇跡が起きたんじゃね? 見えざる創世神様の御手が働いた……って事?」


「おお! きっとそうだ。衛兵隊は奴らをしっかり取り締まってなかったからなあ。みかじめ料の被害を下手に届け出て、えげつなく仕返しされた商店主はたくさん居たし」


そんな客達の会話を聞きながら、配膳にいそしむアメリーは、

意味ありげにウインクし、柔らかく微笑んで来る。


かぎ爪団を見事に改心させたロジェが誇らしいのと、

ふたりきりで秘密を共有している事が、嬉しくてたまらないようだ。


対してロジェも、アメリーが愛おしくなり、

マルスリーヌ王女に傷つけられたメンタルを癒して貰ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


その次の日も、ロジェはアメリーと市場へ買い出しへ行き、

戻ってからは、白鳥亭の仕事を手伝った。


仕事の幅は更に広がり、厨房へ入って簡単な調理、部屋においての掃除、ベッドメーキングなども任された。


宿屋の仕事は結構楽しくて、ロジェの性に合っていたようである。


オルタンス、アメリーから仕事の手ほどきを受け、ロジェへの信頼は更に増し、

心の距離もどんどん近くなって行った。


またオルタンスは給金を払うと言ったのだが、

ロジェが片手間に好きで手伝っているので要りませんと返すと、

では、最初に受け取った宿泊費のみで後は不要。

「たとえ手伝いをしない日があったとしても、好きなだけ、白鳥亭に居て構わない」

という話になった。


……そんな中、ロジェは、ふと思った。


そろそろ業務部のクリスさんが、俺向きの依頼の候補をまとめてくれた頃だろう。

明日は朝食が終わったら、午前10時くらいに、

様子見がてら、さくっと冒険者ギルドへ行ってみるかと。


だがここでひとつ問題が生じる。


ロジェは白鳥亭の運営において貴重な『戦力』となっている。

加えてこのところ、ロジェの『悪運』が原因なのか、

白鳥亭は満室状態が続いている。


ここでロジェが抜けたら、完全に人手不足となるのは明白であった。


ギルドへ赴き、すぐ受諾せず、来た依頼を検討する間に、

対策を考えておかねばならない。


すぐにアイディアは浮かばないが、

とりあえず、オルタンスさん、アメリーさんへ伝えておこう。


という事で、朝食後に、ロジェは話を切り出す。


「あの、オルタンスさん、アメリーさん」


「はい、何でしょう? ロジェ様」


「ロジェ様、どうしました?」


「はい、今日、お手伝いのタイミングを見て、ギルドへ行って来ようと思うんです。職員さんへ頼んだ依頼がまとまっているかもしれませんし」


「そ、そうですか……し、仕方がありませんね……」


ロジェの言葉を聞き、アメリーは一気に元気がなくなった。


一方オルタンスは、ロジェの話を予想していたようである。


「いよいよ、ロジェ様も冒険者デビューですか。ウチの宿屋を手伝って貰えないのは残念ですが、頑張ってくださいね。でもアメリーが言った通り、命が第一です。決して無理をなさらないでください」


「お母さん……」


母の言葉を聞き、呆然とするアメリーへ、オルタンスは更に言う。


「アメリーも聞いて。……ロジェ様、人手不足になる事は気になさらないでください。実は、私は勿論なのですが、アメリーとも仲が良い私の妹が、もし忙しいのなら、バイトで入り、手伝いたいと申しております」


「え? バベット叔母さんが? ウチのお手伝いを?」


「ええ、バベットが先日ウチの前を通った時、満室の札を見たらしくて、ロジェ様とお前が一緒に外出中の時に訪ねて来たんだよ」


「……そうだったんだ」


「バベットは以前ウチを手伝ってくれた事もあるし、ロジェ様が冒険者の仕事をしなくてもお願いしようと思っていたの」


……やはりロジェは悪運が強い。

自分が抜け、白鳥亭が人手不足になる対策も、

考える前にベストな方法が生じ、即、解決してしまいそうだ。


オルタンス、アメリーと血ががつながった身内で仲が良く、

加えて宿屋の仕事経験者。

そんな人がバイトで入るのなら、文句なしだと言えよう。


「申し訳ありません。ありがとうございます、オルタンスさん」


オルタンスへ礼を述べたロジェは、アメリーへ向き、


「……アメリーさん、冒険者デビューしても、今後都合がつく時は、白鳥亭を手伝わせて貰いますから」


「え!? ロジェ様、本当ですか!?」


「はい! 本当です! 約束します!」


「うふふ♡ 約束ですよ♡ ありがとうございます!」


ロジェの申し出に念を押し、

礼を述べたアメリーは、ようやく笑顔となったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る