第9話「男の挑発を無言でスルーし、ロジェは拾った石を男達に見えるように突き出した」
……1時間後、ニコニコ上機嫌のラウルはパピヨン王国から遥か彼方、
約5,000㎞離れたシーニュ王国王都の街中を歩いていた。
距離と位置を確認しながら、何度か、転移魔法を使い、
このシーニュ王国王都へと、やって来たのだ。
ちなみに目立たないよう、ケルベロスは再び異界へ戻していた。
パピヨン王とマルスリーヌ王女、追手の騎士達は、
既にラウルが死んだと思っているだろう。
間違いなく、オーガキングの腹の中だと。
ところがどっこい、
こんな遠国で、笑顔で楽しそうにウキウキ歩いているのだ。
さてさて!
現在の時間は午後3時。
シーニュ王国王都は、パピヨン王国王都同様に、
多くの人々が通りを行き交っている。
しかし、誰もラウルを見たりはしない。
興味さえ示さない。
却って、気楽で心地良かった。
何故なら、ラウルは変身を行使し、今度は自身を本来の20歳青年から、
5歳年下の15歳少年の姿に変えていたのだ。
また背の高さをやや低くし、髪の毛は金髪から栗色、瞳も碧眼から黒に変えており、
ラウルの素の姿とは全く似つかない完全な別人となっている。
更に声も変えていたから、ラウルとの共通点は男子という事だけ。
誰もがこの15歳少年を、20歳の青年勇者ラウル・シャリエと、
同一人物だとは思わないし、見抜けない。
更にラウルはパピヨン王国王都を出た時と、出で立ちも全く変わっていた。
着用しているのは、やはり中古の平民服だが、
新たに購入しておいたデザインの違う服に着替えており、
背負うリュックサックも、これまた新たに購入したやや大型の違うものだ。
唯一、変えていないのは、腰から下げた武器代わりの、ひのきの棒のみ。
しかし、どこにでもあるような、何の変哲もない平凡なひのきの棒を見て、
これは勇者ラウルの『所持品』だと確信する者は、世界には皆無であろう。
ラウルはこの少年の姿で、新たに人生をやり直すと決めたのだ。
もしも何か不具合が生じたら、変身してまた別人となれば良い。
最後の手段として、リアルに生まれ変わる禁断の秘法『転生』もある。
これから何をするかと、ラウルは思案する。
そうだ!
さすがにラウル・シャリエとは名乗れないから、
新たな自分の『名前』を考えなければならない。
名前がなければ、宿にも泊まれないし、冒険者ギルドで登録も出来ない。
……しばし歩くと公園があり、ラウルは空いていたベンチに座り、
『俺の名前……どうしようか?』と、
じっくり考え込んだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
しばし、考えると結果が出た。
まずは名前であると。
その次に姓を考える事にした。
アダン、バンジャマン、ブリュノ、コランタン、ファビアン……
思いつく名前を自分に重ねてみる。
今いち、ぴったり来ない。
更に更に考え、結局はロジェという名前に決め、姓はアルノーにした。
ロジェ・アルノー……それがラウルの人生をやり直す新たな氏名である。
ラウル……否、ロジェは何度か自分のフルネームを繰り返した。
まだピンと来ないが……悪い響きではない。
ただ、つい間違えて元の名前を言わないように注意しないと。
ラウル・シャリエなどと言ったら、いろいろな意味で大騒ぎとなる。
苦笑したロジェは、ベンチから立ち上がった。
するとロジェの様子を伺っていたらしい、
ガラが悪そうな若い男3人が近寄って来た。
10代後半から20代前半くらいだろうという雰囲気の3人だ。
3人は邪な波動を放っている。
何か、悪さをするつもりに違いない。
うちひとりは見張り役らしく、やや後方に居て、周囲をキョロキョロしていた。
余計な邪魔が入らぬよう気を付けているのだろう。
3人が何をするつもりかは知らない。
だが、どちらにしろ最早『世界最強』ともいえるロジェにとっては、
全員取るに足らない相手だ。
微笑んで見つめていたら、男のひとりがねめつけるような目つきで話しかけて来る。
「おい、クソガキ」
「はあ」
「ちょっと金貸してくれねえかな、嫌とは言わせねえ」
「ええっと……」
「てめえの持っている有り金全部、貸して貰おうか。但し返さねえけどな」
にやりと笑った男の言葉を聞き、他のふたりも、ニタニタと嫌らしく笑っていた。
成る程。
俺が弱いガキひとりぼっちだと見て、3人がかりで恐喝――カツアゲするつもりか。
当然、魔王軍を倒した百戦錬磨のロジェは全く動じない。
淡々と言葉を戻す。
「へえ、ようは俺を脅して金を巻き上げるってわけですか」
「おいおい、人聞きの悪い事を言うな。脅して金を巻き上げるんじゃねえ。わざわざ、お願いしているんだ」
「はあ……」
「そしてな、貸して貰って返さないだけだぞ。全く問題ね~だろ」
いや、大いに問題ありだろと、ロジェは笑いそうになった。
……悪党はよく、このようなしょ~もない理屈をこねる。
こいつらは街の愚連隊らしい。
少々懲らしめた方が良いだろう。
ちょうどいい、また『能力のテスト』をしよう。
勇者の頃から使っていた『威圧のスキル』がちょうどいいか?
確か、『魔王の威圧』が加わり、効果効能、威力が段違いに増しているはずだ。
と思ったが、ロジェは気が変わった。
自分の足元に拳よりもふた回りくらい小さい石ころが、いくつも落ちていたのだ。
ロジェは腰をかがめ手を伸ばし、石をひとつ拾った。
それを見た男達はせせら笑う。
恐喝した男が腕組みをして言う。
「へえ、クソガキが、そんなちっぽけな石で抵抗するつもりかよ? 腰から下げたヒノキの棒を振り回した方がマシじゃねえか」
「はあ……」
「クソガキ、状況を良く見て考えろ。こっちは3人だぞ。抵抗するなら容赦なく袋にするぜ」
「…………………………」
男の挑発を無言でスルーし、ロジェは拾った石を男達に見えるように突き出した。
そして、石が見えなくなるよう拳で握り、ほんの軽く力を入れた。
すると、ごしゅ!と異音がし、再び拳を開けば、
ぱらぱらぱらと、細かい砂が落ちたのである。
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