捨てられる勇者あれば、拾われる勇者あり!

東導 号

第1話「主よ、改めて忠告してやろう。あの性悪王女との将来は白紙に戻した方が賢明だぞ」

ずばしゃっ!!


勇者ラウル・シャリエの必殺、降魔ごうまの剣が鋭く振り下ろされ、

その瞬間、世界を恐怖に陥れた魔王はまっぷたつ、一刀両断にされていた。


魔族特有の青い血に染まる裂かれたしかばねは、ぴくりとも動かない。

生体反応も感じられない。


巷では不死身だと噂のあった魔王だが、それは偽りだったようだ。


「ふう」


と息を吐いたラウルは、傍らに控える魔獣ケルベロスに言う。


「……これで全てが終わったな。魔王の眷属どもも全て掃討したし」


『うむ、見事だ、あるじ


ラウルが異界から召喚した忠実な従士であり、

3つ首で大蛇の尾を持つ魔獣ケルベロスは、心と心の会話、『念話』で答えた。


ちなみにラウルが普段連れ歩く際、ケルベロスは灰色狼風の姿に擬態していた。

それでも周囲から一目も二目も置かれ、怖れられる。

だが、常人なら気絶するくらい迫力のある本体に比べれば全然ましである。


「しかし、変だぞ、ケルベロス」


『ふむ、何が変なのだ?』


ケルベロスが尋ねると、ラウルは手をぶんぶんと振り、何度かジャンプして見せた。


「いやあ、さっきから俺の身体がひどく軽いんだ。今までがんじがらめで、いくつも重しを付けた感じだったのがさ。それだけじゃない、気分もえらく晴れやかなんだ」


『ふむ……身体が軽く、気分が晴れやかなのは、魔王軍に勝利したからと、言いたいところだが』


「え? 言いたいところだが、とはなんだ?」


『うむ、我が見るところ、魔王との最後の戦いの最中、壊れた指輪が原因かもしれないな』


ケルベロスの言葉を聞き、ラウルは左手の薬指にはめた銀製の指輪を眺めた。


ラウルが魔王の攻撃をかわした際、衝撃波で、ひびが入ってしまっている。


「はあ? 壊れた指輪? どういう意味だよ? これはな、俺の愛するマルスリーヌ王女からプレゼントされた婚約指輪で、守護の効果がある魔法指輪のはずだが」


『ふん、察しが悪い奴だ。それはとんでもない魔道具だぞ』


「えええ!? 魔王を倒したら結婚するというあかしたる婚約指輪が、とんでもない魔道具!?」


『うむ、我が見るところ、守護の指輪などではなく、その真逆の品だ。心身を縛る魔法が付呪エンチャントされた、束縛の指輪であろう』


「はあ? 心身を縛る束縛の指輪!? まさか!? 麗しきマルスリーヌ王女はいつも俺の身を案じてくれているんだぞ」


『ははは、あるじは、創世神に選ばれた勇者の癖に、本当におめでたい奴だ』


「俺が本当におめでたい? どういう意味だよ?」


『言葉通りだ』


「言葉通り?」


『うむ、主はな、マルスリーヌの美貌と外面の良さに惑わされ、洗脳されて、魔王を倒す今まで、都合のいいようにこき使われたのだ』


「せ、洗脳!? 俺が都合のいいようにこき使われた!? 本当かよ!?」


『うむ、本当だ。主は勇者なのに、魔物退治だけでなく、ありとあらゆる雑用までさせられていたではないか』


「あ、ああ、確かに、マルスリーヌ王女から頼まれて、城の掃除を厨房からトイレ、下水まで全部ひとりでやったり、ペットの餌やりに散歩、小屋の掃除。大荷物の買い物をしに行ったり、遠くの街まで手紙や荷物も運搬したな」


『ほ~ら! 主はめちゃくちゃ、こき使われているではないか』


「そ、そうか?」


『そうだ! 父親のパピヨン王ともども、あのマルスリーヌは、勇者のお前を単なる道具として、利用する事しか考えていない。一生懸命働く主を見て陰で笑っていたのだぞ』


「陰で笑っていた? いや、そんな事、信じられないよ」


『ふん! 疑うのか? 我の言う事が信じられぬというのなら、王都へ帰還した際に試してみるが良い。マルスリーヌは、きっと本性を現すぞ』


「ああ、分かった! そこまで言われては俺も収まらない。やってみる。マルスリーヌ王女の本心を確かめるよ」


『うむ、確かめてみるが良い。マルスリーヌは、なんやかんやとおだて上げてから、婚約のあかしだと偽り、主の心身を意のままにコントロールする為に束縛の指輪を贈り、装着させたのだ』


ケルベロスは死者をチェックする冥界の門番を務めるだけあって、

見た目はいかついが、嘘が大嫌いな魔獣だ。

当然、自ら嘘をついたりはしない。


また召喚された従士なのに、ラウルに対し上から目線で教師然として接して来る。


最初はムッとしたラウルであったが、ケルベロスは単に口が悪いだけで、

アドバイスはいつも的確だ。


またラウルが危機に陥った際には、身体を張って守ってくれた事もあった。


今回も間違いなく真実を言い、ラウルの為に言っているのだろう。


ここは信じるしかない。


それによくよく考えてみると……思い当たる事も多々あった。


いくら一生懸命にやっても、褒美どころか、感謝の言葉さえ殆どなかった。


「婚約者なら、愛する想い人の為に働くのが当たり前だ」と散々言われていたのだ。


ケルベロスの言う事が真実味を帯びて来る。


「くっそ、マルスリーヌ王女の奴、心の底から愛してるとか、絶対無事で戻ってねとか、散々言ったのに口先だけで、俺は単なる道具なのか」


『そうだ。主をおだてながら、王女の心の中からは、嘲笑の波動がしっかりと伝わって来たぞ』


「むう~、ケルベロス、お前さ、分かっていたなら、さっさと教えてくれよ」


『いや、主から聞かれなかったからな』


「何だよ、それ!」


「そもそも、束縛の指輪を装着して、幸せ絶好調だという、どや顔の主には、何を言っても無駄だと思ったのだ』


「むうう……」


『まあ、良い。主よ、改めて忠告してやろう。あの性悪王女との将来は白紙に戻した方が賢明だぞ』


「分かったよ、ケルベロス。お前がそこまで言うのなら、最悪の事態に備えて、いろいろ手立てを考えておく」


『おお、やっとまともになったか。やはり束縛の指輪の効果が、完全に切れたようだな』


「成る程……俺が冷静に考える事が出来るようになったのはそれか!」


『うむ、束縛の指輪に心身をとらわれていたとはいえ、あのマルスリーヌの本性を見抜けんとはな。綺麗なバラにはとげがあるを地で行く女だぞ』


ケルベロスはそう言うと、ふん!と鼻を鳴らしたのである。

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