第7話「正直、まっぴらごめんである」
相変わらず用心深いラウルは、索敵の発動を止めない。
だが追跡者、監視者は居なかったので、
再び、いくつかの店で目立たないように買い物をした。
ここでラウルは、逆に王国の作戦を予想する。
それはラウルが正門を出て、王都外に出たところを気付かれないように尾行。
ひとけのない場所で、数を頼んで最悪の場合は殺す、
つまり事故か何かに見せかけて『始末』してしまうのではという可能性だ。
街中に、人を配していないのは、そのせいだと考えたのである。
そして、ラウルの予想は、ズバリ当たった。
正門に差し掛かると、大人数の気配と視線を感じたのである。
冒険者の出で立ちに姿を変えた王国騎士が10人ほど、
ラウルが正門を出るのを待っていたのだ。
勇者ではなくなったラウルの相手など、騎士10人で充分、楽勝だと考えたらしい。
さすがに帰還したばかりの『司令』とその部下達は居ないようであったが……
索敵による気配でそれを知り、ラウルはホッとした。
こうなると、正門を出てからが、今回の作戦の最大のターニングポイントとなる。
ラウルは簡単に殺されるつもりはない。
勇者と魔王の力を合わせ持つ今のラウルなら、騎士の10人どころか1,000人、
否、1万人以上にも軽く勝てる自信がある。
かといって、逆襲し尾行者を殺すつもりもない。
もしもそんな事をしたら、勇者の能力を喪失したのが大噓だとばれ、
ここまで芝居をしたのが一切無駄になり、
世界中に手配される『お尋ね者』となってしまう。
そんな『お尋ね者』になったら完全に作戦失敗。
まあ本気を出せばパピヨン王国軍全てを滅ぼす事も可能だが、
待っているのは修羅の道である。
まさにラウル自身が魔王へと堕ちてしまう。
魔境の魔王城へ、逆戻りして魔王ラウルになるというパターンの可能性もある。
そんな不幸な末路は絶対に避けたい。
ラウルは幸せに人生をやり直したいのだ。
ここからが勝負どころ。
決意を新たにしたラウルは軽く息を吐き、気合を入れ直すと、
遂に正門へと向かったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ラウルが正門へ歩いて行くと、冒険者に扮した騎士達の視線が一斉に向けられた。
そして騎士達は顔を見合わせて頷き、すっ、すっ、すっとおもむろに動き出す。
ちなみに騎士達は全員が完全武装していた。
対して、ラウルはそんな視線に気づいていないという趣きで、
正門に詰める屈強な体格の門番へパピヨン王国発行の身分証を提示する。
既に王国から指示が届いていたのだろう。
何と! 門番はラウルへ身分証の返却を求めて来た。
多分、パピヨン王国はラウルの痕跡を一切消し去りたいに違いない。
結構ショッキングな現実である
しかし、そんな事にも動じず、笑顔のラウルは素直に身分証を返却する。
返却された身分証を受け取った門番は、表情を全く変えず、無言で深々と礼をした。
「申し訳ない」という心の波動が門番からは伝わって来る。
先ほどの侍従長同様、魔王を討伐したラウルに対する感謝の気持ちと、
自身の良心が残っているという事だろう。
ラウルも深く礼を返し、正門を出た。
様々な方角へ、街道がいくつも延びているが、迷う事なく隣国への街道を選ぶ。
正門を出て、ラウルが少し歩くと、騎士達10名も距離を置き、後を付いて来た。
騎士達からは「お前を絶対に逃がさないぞ」という、
『怖ろしい殺気』が放たれている。
渡した金貨を取り戻した上、本当に俺を殺す気なのかと、ラウルはぞっとした。
これがパピヨン王の命令か、マルスリーヌ王女の判断なのかは分からない。
しかし、まさに恩知らず、鬼畜の所業である。
いくらラウルが凡人になったとはいえ、
魔王を倒し、この世界を救った人間に対する仕打ちではない。
禁断の秘法を使い、勇者の能力を喪失したと大嘘をついて試した結果、
あまりにも冷たい仕打ちに絶望、遂にはフェードアウトしたラウルではあったが……
マルスリーヌ王女への愛とともに、持っていた罪悪感、故郷への未練もこれで完全にゼロとなった。
苦笑したラウルは足を少し速める。
街道にはそこそこ行き交う通行人が居るから、それが途切れたら、頃合いを見て、
ラウルを襲撃するつもりなのだろう。
進むうちに、街道の脇は森林や原野となり、
だんだんと行き交う者がまばらとなって来た。
それを見た騎士10人は、少しずつ距離を詰めて来る。
ここまでは、作戦の想定内、予定通りだ。
ラウルは更に足を速める。
勇者の頃、ラウルは時速100㎞で5時間以上走る事が出来た。
更に魔王の能力が加わり、試してはいないが、大幅なビルドアップは確実。
本気になれば騎士達を楽勝で振り切れるが、それでは意味がない。
何故なら、ラウルを見失った騎士達から、
「勇者としての能力を、ラウルは喪失しておりません」
そう王と王女に報告されて終わりだから。
またどうやって一時的に凡人となったのか、疑い追及されるに違いなく、
はっきり言って面倒臭い。
そしてしまいには、何かとんでもない冤罪をでっち上げられ、
お尋ね者にされてしまう。
正直、まっぴらごめんである。
そうこうしているうちに通行人が途切れた。
ここでラウルは腹を押さえてさすり、いかにも便意が来たように演技した。
そして、おもむろに街道脇の森へ入って行ったのである。
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