第18話「絶対に本気を出してはならない。 これが鉄則」

冒険者ギルドの男子職員クリスは、何枚もの書類を出し、ロジェへ渡していろいろと説明をしてくれた。


ロジェが、勇者ラウル・シャリエであった頃、冒険者ギルドとは連携し、

ともに魔王、魔王軍と戦った間柄である。


時には、ギルドから乞われて試験官となり、

有望な志願者のテストをした事もある。


その際、冒険者登録の手続きについていろいろと教えて貰っていたから、

内容に関しては熟知していた。


しかし、今のロジェは勇者ではない別人であり、名もなき、いち冒険者志願者。

何も知らないふりをしなくてはならない。


それに、改めてギルドについて学びたいとも思っていたので、

丁寧に説明するクリスの話を真面目かつ熱心に聞いていた。


「……以上です。何か質問はありますか? ロジェさん」


「はい、ありますよ、クリスさん」


と、ロジェはいくつか質問をした。

ほとんど当たり障りのないものではあったが、

機会があれば尋ねたいと思っていた事だ。

まさかこのような形で機会が来るとは思わなかったが。


やりとりが終わり、登録手数料の金貨1枚を支払うと、

これからの予定を告げられる。


「この後、ロジェさんには冒険者基礎講習を受けて頂きます」


と言い、クリスは壁に掛かった魔導時計を見る。


「うむ、ロジェさんは大変運が良い。今、午前9時50分ですから、急いで講義教室へ行けば10時からの部に間に合いますが、すぐに受講しますか?」


時は金なりである。

時間は有効に使いたい。


当然ロジェの答えは「はい」である。


「はい、すぐに受講します」


「では受講証をお渡しします。その後に、ランチタイムをはさんでランク判定試験、試験の順番にもよりますが早くて午後2時、遅くとも夕方までには、ランクが認定され、所属登録証を受け取る事が出来るでしょう。そうなれば早速明日から、冒険者生活が送れますよ」


クリスの話だと、手続きは本日中に済むようだ。

時間が有効に使えてとても嬉しい。


「はい、分かりました、ありがとうございます」


ロジェが冒険者基礎講習の受講証を受け取ると、クリスは階段を指し示す。


「では、あちらの階段を上がり、2階の講義教室へ急いでください。正式な冒険者になったら、またこのカウンターへ来てください。今後ともよろしくお願いしますね」


「いえ、こちらこそよろしくお願い致します。本当にありがとうございました」


座ってた椅子からすっくと立ち、ロジェは深く一礼。


回れ右し、2階へ上る階段へ。


ロジェが選んだ冒険者ギルドシーニュ王国王都支部の業務課職員、

クリスことクリストフ・ジュベルは、良き窓口になってくれそうだ。


クリスの名前を心の中で復唱。


ロジェは、階段を上がって行ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


入口の職員へ受講証を見せ、ぎりぎりで教室へ入り、

ロジェは冒険者基礎講習を受けた。


内容は冒険者としての心得、マナー、依頼受諾から遂行、報奨金受け取りの流れ、

依頼の種類、難易度、魔物や賊と戦う際の注意等、多岐にわたった。


手続きの話同様、以前にいろいろ聞いていたロジェにとって、

熟知している内容であったが……真面目かつ真剣に聴講する。

まあ、復習だと思えばOK。


講習終了後、ランク判定試験の実施時刻の指示を受ける。

試験時間は、午後1時30分。

ギリギリで入ったのに、結構早い。


今日も、めぐりあわせというか、運が良い流れだ。

やはり魔王の『悪運』が影響を及ぼしているのであろうか。


教室を出たロジェは、冒険者ギルド内敷地にある別棟の食堂でランチを摂り、

食後はすぐ、本館1階ロビーへ移動し、ソファでちょっとひと休み。


休みがてら、ランク認定試験の作戦を練る。


以前も考えたが、やはりいきなり実力を発揮して、ランクAになるのはまずい。

本当にまずすぎる。


否、新人なら、いきなりランクBのランカー入りも良くないだろう。


抜け勇者――『抜け勇』である自分が目立ち、速攻で名前が広まり、

故国パピヨン王国王都の王とマルスリーヌ王女の耳に入って、

興味を持たれたらいけないから。


決して目立たぬよう静かに静かに深く深く潜行し、

徐々に徐々に実力を見せつつ名声をあげて、

勇者ラウルとは全然関係ない、新進気鋭の若き冒険者出現……

という『流れ』をつくらないといけない。


そして、ランク認定試験は、実戦テスト。


ロジェは、『生活魔法を使える戦うシーフ職』希望という形で申し込みをしていた。


ここで補足すると、生活魔法とは料理レベルの火をおこしたり、

飲み水くらいにはなるコップ一杯の水を出したり、

洗濯物を乾かせるレベルの風を吹かせたり、する等の魔法だ。


こういうタイプは、まあ、良く言えばユーティリティで、

悪く言えば器用貧乏な冒険者。

……というイメージにはなってしまう。


だが、これであれば、魔法が使えて、戦えて、俊敏で器用で、

そして成長の末、とんでもない『最終形態』になっても、

隠された素質があった大器とか、どうとでも言い訳が立つ。


どちらにしても、冒険者ギルドの教官を相手に模擬戦を行い、

合格レベルのパフォーマンスを見せねばならない。


大事なのは……魔法でも、物理攻撃でも、スキルでも、いわゆる力加減だ。


絶対に本気を出してはならない。

これが鉄則。


まずは最下位ランクFから、最上位のSの中でなら、

下から2番目のランク『E』を目指してみるか。


ランクEの冒険者ならば、目立たず騒がれず、

それでいて変に馬鹿にされず、ちょうど良い。


そして頃合いを見て、少しずつランクアップしていけば良い。


あとひとつ注意したいのは、

クランや仲間になろうぜという勧誘は一切きっぱり断る事。


当分の間、ソロプレイヤーで行こうと決めているから。


ロジェは、『生活魔法を使える戦うシーフ職』で、

ランクE合格というイメージを持ち、

教官がそう判定するボーダーラインをイメージしてみた。


そして、頭の中で散々、シミュレーションを繰り返した。


しばし経ち、満足したのか、ロジェがにっこりと笑った。


どうやら、良いイメージが浮かんだようである。


魔導懐中時計を見れば、午後1時15分。


ランク判定試験はギルド敷地内の闘技場で行われる。


「さあ! 行くか!」


珍しく独り言を肉声で言うと、ロジェはすっくと立ち上がり、本館を出たのである。

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