第6話「そもそも、いくら能力を喪失したといっても、 魔王を倒した英雄たる勇者を追放するなど絶対にありえないのだ」
ラウルは、マルスリーヌ王女とは一線を越えるどころか、キスさえもしていない。
「まだよ、結婚してからね」と常々言われていたからである。
彼女とは、せいぜい手をつないだくらいなのだ。
マルスリーヌ王女はニヤリと笑う。
「うふふ、ラウルったら、殊勝ね。今の自分の立場をよ~く、分かってるじゃない。婚約破棄した相手が居るなんて目障りだから、さっさとこの国を出て行ってちょうだい」
「かしこまりました」
「でもね、素直な貴方はかつてこの私が愛した男。だから温情で、大奮発して金貨100枚を『婚約手切れ金』でくれてあげるわ」
温情で大奮発? どこが?
婚約破棄の手切れ金が、たった
それに魔王退治の報奨金さえない、ドケチぶり。
いや、多分、この婚約手切れ金に、
魔王退治の報奨金も含まれているという事なのだろう。
やはり王と王女は、どうしようもない愚物であり、このパピヨン王国に未来はない。
ラウルが生まれた祖国ではあるが、最早何の未練もない。
ただ金貨100枚も、貰えないよりは全然ましだ。
当座の旅の資金となるだろう。
「要りません」という選択肢はなかった。
「はい、マルスリーヌ様。ありがたく金貨100枚を頂戴し、本日すぐにでも国外へ出たいと思います」
そう言い、あくまでも自然に微笑みながら、深くお辞儀をしたラウル。
「あ、そうそう、ラウル。私との婚約指輪は外して侍従長へ渡して。それと王国であつらえた勇者の装備一式も、ちゃんと返却して。貴方は、この王宮へ来た時の平民の身なりのまま、出て行くのよ」
と、マルスリーヌ王女は追い打ちをかけるように、きっぱりと言った。
ここで慌てた侍従長が手を振り、配下へ指示をした。
ラウルに渡す『婚約手切れ金』である金貨100枚の用意を指示したようである。
笑顔のラウルはそんな侍従長へもお辞儀をし、
左手の指薬から、王女との婚約指輪を外す。
侍従長は、まだまともな神経の持ち主らしい。
魔王を倒した英雄なのに、このような扱いを受けるとは可哀そうにみたいに、
王や王女に見えないよう顔を背けながら、ラウルを同情するような表情をしていた。
そんな侍従長へ外した婚約指輪を渡し、
改めて王、王女、そして四方へお辞儀をしたラウルは、
「失礼致します」とだけ言い、ゆっくりと大広間を退出した。
侍従長の命令なのだろう。
悲しげな表情をしたひとりの侍女が、すっと付き従い、
ラウルを武器庫まで連れて行った。
武器庫で勇者の装備一式を外し、剣や盾も含め全てを返却したラウルの下へ、
もうひとりの違う侍女が、着古した平民の服一式と、おんぼろのリュックサック、
そして、何の変哲もない、ひのきの棒を持って来た。
……これが、創世神の啓示を地元の教会で受け、
王宮へやって来たラウルの所持品の全てである。
荷物を持って来た侍女から受け取り、
元の平民服に着替え、リュックサックを背負うと、
案内をして来た侍女が、金貨100枚入りの小袋を渡してくれた。
ラウルは、小袋を押し頂き、
「ありがとうございます。では、失礼致します。皆様、お元気で」
改めて侍女ふたりにも、お辞儀をしたラウルは、
柔らかい笑顔のまま王宮を出たのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
こうして……王宮を出たラウルは、王都の街中へ。
大勢の群衆の中に紛れ込んだラウルだが、
レアアイテムたる勇者の装備一式を外し、身に着けているのが古ぼけた平民服の為、
勇者だと気づく者は全く居なかった。
さすがに声には出せないが、正直、ラウルは解放感でいっぱいである。
しばらく通りを歩き、落ち着いたところで、ラウルは徐々に能力を戻し始めた。
そう、ラウルは能力を喪失したというのは大嘘である。
勇者と魔王の能力を合わせ持つ、凄まじい術者という立ち位置は変わっていない。
魔獣ケルベロスの立てた『作戦』により、ラウルが使ったのは、
倒した魔王から受け継いだ禁断の秘法のひとつ、『能力一時封印』であった。
この秘法は、一時的に能力を封印し、常人に擬態する事が出来る。
王宮魔法使いが使った高価な検査魔道具をもってしても、ラウルの擬態を見抜く事は全く出来なかった。
勇者の能力を喪失したように見せかけ、平凡な常人に擬態したラウルは、
パピヨン王とマルスリーヌ王女の『真意』をはかったのだ。
そうしたら案の定というか、ケルベロスの見込み通り、
ふたりの、特にマルスリーヌ王女の愛など皆無の外道な本性が露見したのである。
さてさて、頃合いだろうと思い、能力を回復したラウルは、
まず索敵の能力を発動した。
これは、魔物の接近を感知するスキルであるが、
悪意を持った人間などが近づいても、その波動で感知する事が可能なのだ。
幸い、今のところ尾行者や監視者は居ない。
ここで何故、索敵を発動したのか?
王家が、婚約手切れ金としてラウルへ渡した金貨100枚が惜しくなり、
取り戻そうとする可能性がなきにしもあらずと、
念の為、警戒しておく事にしたのである。
まあ、普通の王家なら絶対に、そんなせこい事は考えないだろう。
第一、魔王討伐の褒美がない、全くの無報酬などありえない。
そもそも、いくら能力を喪失したといっても、
魔王を倒した英雄たる勇者を追放するなど絶対にありえないのだ。
しかし、その絶対にありえない事をパピヨン王国はいとも簡単に行ってしまった。
この愚行は「魔王退治など、勇者ならばボランティア活動だ」と言っているようなもの。
もしも、そんな事をしたら、近隣の国々中に、否、世界中に、
笑い者になる事に加え、とんでもない悪評が立つ事は必然なのに。
悪評を全く気にしないほど面の皮が厚いのか、
あのアホな王宮魔法使い同様に想像力がゼロなのか、多分後者であろうが……
つらつらと考えるラウルであったが、ぐずぐずしてはいられない。
今日中にこの王都を出て行くとマルスリーヌ王女と約束したからだ。
それゆえ、急ぎ旅の支度をしなければならない。
という事で、最寄りの古着屋へ入り、ラウルは、いくつかの平民服を購入した。
購入した平民服は、どこにでもあるありふれたもので、今着ている服同様に、
全く目立たない。
だが、これらの服が、今後の作戦遂行には最重要の『キーアイテム』なのだ。
次にラウルは、冒険者向けの店で、携帯用食料を1週間分購入した。
各種の薬草も一緒に購入した。
兜鎧などは購入せず、武器はひのきの棒のまま。
ええ? 何故なんだ? と突っ込みたいところ。
実は、ちゃんとした理由があるのだが、ここでは伏せておく。
更に金貨30枚と高価ではあったが魔法水筒も購入する。
この水筒は、ごくごく小さなものだが、
高レベルの空間魔法が
何と何と、ワイン樽と同じ容量の水が入る。
それでいて、重さは普通の水筒並みの優れものなのだ。
サービスで水も満タンに魔法水筒に入れて貰い、
その水筒をリュックサックに仕舞うと、ラウルは店を後にしたのである。
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