第12話「まさに捨てる神あれば拾う神あり……いや、違うか」
ロジェは送りがてら、アメリーとともに彼女の実家、白鳥亭へ。
歩く道すがら、お互い更にプロフを聞き合ったふたり。
やはりアメリーはロジェより年上、18歳だという。
父は既に亡くなり、母とふたりで宿屋をやっているともいう。
念の為、ロジェは自分からアメリーの年齢を尋ねたりはしない。
アメリーは、年若いロジェを年下だと思ったらしく、
「私よりも年下ですよね?」と言いつつ、自ら年齢を告げたのだ。
対してロジェは15歳……《実際は20歳なのだが》だと言い、
パピヨン王国の隣国キャナール王国の片田舎から、
魔王軍の侵攻による両親の死をきっかけに天涯孤独となり、
違う国で冒険者になろうと、長い旅をして来たと告げた。
ロジェが考えた『偽りのプロフ』である。
キャナール王国も、シーニュ王国王都からは2,000㎞以上遠く離れている。
ロジェが勇者として覚醒する前、魔王軍の侵攻により、
キャナール王国のいくつもの地域が全滅するなど、数多の人々が犠牲になった。
だから、ロジェのプロフと辻褄が合い、
よほどの事がない限り、嘘がばれる心配はなかった。
真面目そうなアメリーに嘘をつくのは心苦しかったが、
人生をやり直す為には致し方ない。
そんなこんなで、ロジェはアメリーと更に話したが、
彼女の実家、白鳥亭は2階建ての建物で、
1階は食堂と厨房に受付カウンター、アメリーと母親が住む住居スペース。
2階が客室であり全部で12室あるという。
宿の規模としては中規模であり、そんなに大きいものではない。
部屋は個室で料金は1泊2日朝、夕食がついてひとり銀貨6枚。
ふたり部屋もあり、こちらは銀貨10枚との事。
アメリーが感謝の眼差しで告げて来る。
「ロジェ様、本当に助かりました」
対してロジェは笑顔で首を横へ振る。
「いえいえ、こんなの、お安い御用ですよ」
しかし、アメリーは引かない。
3人組の愚連隊から助けて貰ったのがとても嬉しいようだ。
「もう! ロジェ様! いえいえは、こちらです。下手をしたら私は3人がかりで、どこかへ、かどわかされていましたわ」
「成る程。そうならずにすんで本当に良かったです。ちなみにアメリーさん、あいつらは街の愚連隊ですか?」
「はい、あの男達はかぎ爪団です。ロジェ様のおっしゃる通り、この街にはびこる愚連隊ですわ」
「ほう、かぎ爪団という名前の奴らですか……成る程」
「ええ、街にはいくつか愚連隊が居りますが、各々が勝手に縄張りを主張し、住民からお金をたかるのです」
ロジェは記憶をたぐった。
……パピヨン王国王都にも愚連隊が居た。
勇者であった頃、マルスリーヌ王女に命じられ、衛兵隊と組んで、
容赦なく壊滅させた経験がある。
しかしこのような輩は総じてずる賢い。
衛兵に犯行現場を押さえられぬように見張りを立て、
巧妙に立ち回り、逃げ足も速い。
また、上の者が捕まりそうになると、下っ端を身代わりに立てる。
ところ変われば品代わるということわざもあるが、
多分、シーニュ王国王都の愚連隊も近い性質を持っているとロジェは思う。
アメリーが呼び込みをしていた広場から歩く事、約5分、白鳥亭に到着した。
ふたりが出入口から入れば、
アメリーの母は、白鳥亭1階のカウンターに陣取っている。
女性は40代前半くらうだろうか。
やはり娘と同じく金髪碧眼の美しい女性である。
母を見て、アメリーが声を張り上げる。
「お母さん! 只今戻りました!」
愛娘の元気な声を聞き、微笑んだ母親はロジェへ目を向ける。
「あら、お帰り、アメリー、お疲れ様。その人はお客さんかい?」
「ええ、お母さん、遠くの国から旅をしていらして、今夜から泊まる宿屋を探しているから、見せて頂きたいんだって。だから宿泊料金とか概要はお伝えしておいたよ。でも、その前に……」
「え? でもその前に?」
母親が尋ねると、アメリーは軽く息を吐き、ロジェの方へ向き、
「お母さん、改めて紹介するわ。お連れしたこの方はロジェ・アルノー様。私が広場で呼び込みをしている時、かぎ爪団に絡まれたのを助けて頂いたのよ」
「え? かぎ爪団に?」
「ええ、3人も来て、誰に断ってここで宿の呼び込みをしているとか、ショバ代を払え! とか、金がないのなら、俺達に付き合え! とか、無茶苦茶言われたわ」
「まあ、大変!」
「でもね! でもね! お母さん! 聞いてっ! ロジェ様がいらして、かぎ爪団の男達3人を、ひとにらみしたら、全員腰を抜かし、這いずって逃げて行ったわ」
「えええ!? ひ、ひとにらみで、かぎ爪団が這いずって逃げたの!?す、凄いわね!」
と大いに感嘆した母親はハッとし、
「あ、行けない! 初めまして、ロジェ・アルノー様! 私はアメリーの母
オルタンス・ブーケです。娘を助けて頂き、本当にありがとうございました!」
そう言い、深々と頭を下げたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
愛娘アメリーから、ロジェがやって来た『事情』を聞き、
「ロジェ・アルノー様、娘を助けて頂いたお礼にウチで1週間、無料で宿泊して頂きます。そして、ふたり用の広い部屋へ泊って頂きます」
とアメリーの母オルタンスは言ったのだが……
「大した事をしていない」と言うロジェと押し問答となり……
結局は1週間の宿泊料金、銀貨42枚を、
半額の銀貨21枚――金貨2枚と銀貨1枚という料金で決着した。
当然、泊まるのはひとり用の部屋だと、ロジェが言うと、
ならばオルタンスはロジェが望めば、本来は付かない昼食も毎日付けるという。
ここらが『落としどころ』と考えたロジェは、それでOKしたのである。
正直な話、所持金が残り少なったロジェにとっては、とても助かった。
……そういえばと、ロジェは思い出す。
確か、魔王の能力には『悪運』が強くなるというものがあった。
運のパラメータも大幅に上昇しているに違いない。
つらつら考えるロジェを連れ、笑顔のアメリーは部屋へ案内した。
「ロジェ様、ひとり用の一番良い部屋に泊まってくださいね」との事。
そして、
「お夕飯が出来たら、お呼びしますね」
と言い、深くお辞儀をしたアメリーは、部屋を出て行った。
マルスリーヌ王女に捨てられたロジェであったが、
宿屋『白鳥亭』の娘アメリーに拾われた。
まさに捨てる神あれば拾う神あり。
いや、違うか。
捨てられる勇者あれば、拾われる勇者あり! ……だったのである。
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