自分に出来ること(16日目:面)
天候が落ち着いたので、一行はようやく出発した。
前よりいっそう冷え込むようになった道を、ランフォードとジェフは歩く。コンラートは帽子を被せてもらい、マフラーを巻いた姿でランフォードに抱えられていた。毛糸で出来た白い帽子は暖かく、被っているだけで寒さが和らぐようだ。
「流石に旅をするにはだいぶ厳しい季節になってきたね。これからは街から街を移動しなくては、私たちはともかく、コンラート君は凍えてしまいそうだ」
「前から気になっていたんだが――ランフォードもジェフも、寒くはないのか?」
コンラートは疑問に思っていたことを尋ねてみた。寒風吹きすさぶ中を歩いていても、彼らはコンラートのことは気に掛けるが、自らについては何も言及しないから。
「多少は寒さを感じているけど、君ほどは気温を感じていないのだよ、コンラート君。完全に人間に擬態しきってしまえば君たち人間と同様に感じるけれど、今はそうしていないからね」
……魔族とは、そのようなところまで人間とは異なっているのか。また新たなことをひとつ知った。
「だから俺様達のことは気にせず、自分のことだけ考えとけ、首だけ騎士。俺様達は大概のことは、何とでもなるんだ」
俺様、休めるところを探してくる。ジェフは足を止めると、おもむろに姿を消した。――曇天の空には陽の光は全く見えないが、恐らく今は昼時なのだろう。
「では、ジェフが戻るまで足を休めるとしようか。君はここに降ろしてあげるからね」
ランフォードは羽織っていた厚手のマントを外し、その上にコンラートの首を降ろしたのだった。
冷たい風が、頬を撫でる。目の前には冷え切った大地、傍らには魔族の男。――少し前とは、随分と環境が変わってしまったものだ。
「俺は――無力だな」
生首となった自分には、出来ることは殆ど無い。移動するのも、誰かに運んでもらわなければならない。食べることも同様だ。そして、敵が迫っても逃げることも叶わず、戦うことも叶わず、ただ見ているしか出来ない身――。
「――コンラート君」
「何だ、ランフォード?」
「君は無力ではないよ。君には君にしか出来ないことがある。どこが無力なものか」
そう言ってもらっても、今現在、お荷物なのには変わりない――コンラートが俯いて黙り込んでいたら、ランフォードはその手で帽子の上からコンラートの頭を撫でた。
「人も、私たちのような魔族も、動物も自然も、一面しか無いということはありえないのだよ、コンラート君」
ランフォードは指差す。凍りつきそうな大地を。
「この大地は生命を育む面と、このように厳しい顔を持っているだろう?」
「……そうだな」
「植物や動物は、恵みを与え、循環するばかりではない」
「…………」
「もっとわかりやすい話をしよう。ジェフは、一見いい加減で偉そうだ。――だが彼はあれで、魔族のいち部族の長だ」
「――そうだったのか?」
「そうだとも。長としての彼は、また違う面を見せる。部族を率い、導く面だ。そして、よく観察してみると、君に向ける眼差しにもいろんな種類がある。――君も、気付いているだろう?」
それはよくわかった。最初ジェフは、ただ生首である自分のことを面白がっているのかと思っていたが――今はコンラートもそう思っていない。ジェフの意図は全部読めないが、これだけはわかる。――彼は、コンラートを悪くは思っていないらしいことは。
「――もうわかったね。君も然り、ということだよ。一人では動けないのも君、ご飯を食べられないのも君。だが、君はそれだけではないのだよ」
「その通りだぜ、首だけ騎士。ランにもいろんな面があるみたいに、お前にもある」
いなくなったときと同様に、ジェフはいきなりランフォードとコンラートが語り合っている前に姿を現した。
「……ジェフ。一体どこから話を聞いていたのだね?」
「ランが、首だけ騎士は無力でないとか語ってたとこからだな」
殆ど最初からではないか――ランフォードとコンラートは、呆れ顔になった。
「全く、いるならちゃんと姿を現したまえ、ジェフ。――それより、休めるところは見つかったのかね?」
「俺様に抜かりは無いぜ? 少し道を逸れたところに洞窟があった。ここから近くだな。そこが適当だろう。そこに立ち寄ったところで、次の街には問題なく辿り着けそうだ」
「決まりだね。そこで休憩としよう。そろそろ私も空腹になってきたよ。コンラート君もだろう?」
コンラートは頷く。食べたものはどこに消えているのかということはともかくとして、時間が経つときっちり空腹になっているから。
ランフォードがコンラートの首を抱え直し、ジェフに続いて歩き始める。
その手の中で揺られながら、コンラートは考えていた。
――俺の出来ることとは、一体何なのだろうか……と。
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