その花の持つ意味(18日目:椿)

「つ、疲れた……」

 コンラートは宿のベッドでひとり、転がっていた。

 先程までずっと、絵のモデルになっていたのだ。本当に何枚も絵を描かれて、正直たまげている。絵を描いていた魔族――ジェフの部族の者だという――は素晴らしい存在だとコンラートのことを評し、その瞳は始終輝き続けていた。魔族の感性というのは全くわからない。

 ランフォードは、購入した絵と描いて貰った絵を届けに一旦家へと戻ってくると出て行った。ジェフはと言うと、約束のグリューワインを買いに外出中だ。

 転がったまま、天井をぼんやりと見上げる。随分と高く感じるのは、今のコンラートは首だけの身体――生首だからであろう。

 疲労からか、ふわりと眠気を感じ始めた。――少しくらいなら、うとうとしても大丈夫だろう。ジェフが帰ってきたら起こしてくれるはずだ。

 コンラートはひとつ欠伸をすると、瞳を閉じた。



「――おい。起きろ、首だけ騎士」

「ん……帰ったのか、ジェフ?」

 コンラートは目を開けた。そこには、苦虫を噛み潰したような顔をしたジェフの姿が。

「――ジェフ? どうかしたのか?」

「首だけ騎士。その花はいつからある?」

「花?」

 コンラートは視線を巡らせた。すると確かにコンラートの側に、一輪の花があった。赤い色が美しい、見たことの無い花だ。緑の葉はつやつやとしている。

「この花がどうかしたのか、ジェフ?」

「――そうか、これはお前達の国には無い花だな。それではこの花にどんな文化があるのかを知らなくても当然だ」

「何か意味があるのか、この花に」

 ジェフは珍しく話しにくそうな顔をした。手に持ったグリューワインのグラスのひとつに、無言で口をつける。

「――ジェフ。どんな意味でも構わない。きっと、俺が知らないといけないことだろうから。だから、教えてくれないか?」

「随分と肝が据わったな、首だけ騎士。なら教えてやろう。この花の名は椿。東方の花だな。そしてあることを連想させる花とされている。それは――首が落ちる様子だ。この花は散るときに、がくを残して丸ごと落ちる。その様子からの連想だな」

 首が落ちる。要は落ちた後は首だけ、と言いたいのだろう。――この花は恐らく、コンラートを揶揄して置かれたのだろう。何者かの手によって。

「――誰がやったのかは予想出来るのか、ジェフ?」

「大方レクトールの手のもの、ないしは使い魔だろう。――俺様の領域を侵すとは、良い度胸だ。ついでにこの花は、俺様への挑戦とみなしたぜ?」

 ジェフは椿をベッドから拾い上げると、口の中で何事か呟いた。瞬間、椿の花が燃え上がって塵となって消える。

「こういう挑発は趣味が悪くて胸糞悪い。この一件に限り、俺様はあいつの敵だ。ランはもともとあいつの敵だから問題ない。――お前を奴の好きにはさせないと約束しよう」

「……ありがとう、ジェフ」

 不思議とこの言葉はすんなりと信じられた。だからコンラートは素直に礼を述べた。これからどんなことが待ち受けているかはわからないが、ランフォードとジェフがついていてくれるというなら、きっと乗り越えられる。そんな風に、感じられた。

「ランが帰ってきたら、対策を練るぞ。それまでこいつでも飲んでいるか」

「……俺は一人で飲めないが」

「仕方ないな、今回だけは俺様が飲ませてやろう。――感謝しろよ、首だけ騎士?」

 ジェフは大きな手でコンラートを起こすと、意外に繊細な手つきでグリューワインを飲ませてくれた。

 買ってきてから少し時間が経っていたからか、ワインは少し、冷えていた。

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