明かされた事情(19日目:置き去り)
「何……だって……」
帰ってきたランフォードに椿という花の話をしたら、ランフォードは見る間に真っ青になった。
そして次の瞬間、マントを翻して猛然と宿を出て行こうとする。
「ラン。落ち着け」
「私は十分落ち着いているよ、ジェフ。それより、私を止めないでもらえるかな」
「断る。――冷静になれ、ラン。まだ首だけ騎士はここにいるし、今回ばかりは俺様も手を貸す。お前一人で暴走するな。力任せに行動して、この大地もろともぶっ飛ばす気なら、俺様放置するがな?」
ジェフの言葉で、ようやくランフォードは止まった。悄然と項垂れ、椅子に座り込む。
「済まない、コンラート君。私の抱える事情に君を巻き込んでしまうとは思わなかった。本当に、申し訳なく思うよ」
「構わない。――ただ、どうやら深入りしてしまった以上、ランフォードの方の事情は俺に教えて欲しい。何も知らずに巻き込まれるのでは、俺は置き去りだ」
「なかなか言うじゃないか、首だけ騎士。でも違いない。一人、全ての事情から置き去りにされたまま巻き込まれていくってのは、承服し難いだろうよ」
ジェフは立ち上がった。そして、話は長くなるだろうから、酒でも手に入れてくると言い残して、悠然と部屋を出ていく。
ランフォードはまだ沈鬱な表情で項垂れている。――余程、コンラートを巻き込みたくなかったようだ。
「……気にしなくていい、ランフォード。俺は、大丈夫だから」
そう声をかけても、返事は返ってこなかった。
部屋に戻ってきたジェフは、酒だけではなく食べ物も買い込んできていた。曰く「そろそろ首だけ騎士が腹を減らす刻限だろうと思ってな」とのことだ。気付かれていたのは気恥ずかしいが、有難い。
「ラン。いつまで落ち込んでいる。まずは首だけ騎士に食わせてやれよ」
「……そうだね。コンラート君、何から欲しい? まずはパンかな」
「パンでいい。……チーズを乗せてくれたら、嬉しい」
ランフォードはコンラートの注文通り、パンの上にチーズを乗せてくれた。――うん、今日も美味しい。
しばらく物も言わずに皆黙々と食事をしていたが、ワインを開ける段になって、ようやっとランフォードが重い口を開いた。
「――コンラート君にどこから話せばいいかね。私の部族のことからだろうか」
「そりゃそうだろう、ラン。お前の部族のことまで、俺様は面倒見ないぜ?」
「……そうだね」
ランフォードはコンラートを膝の上に抱え直して、話し始めた。
「……私は、魔族に十ある部族の一つ、ビナーという部族の筆頭実力者だよ。魔族の部族では筆頭実力者が長となる。つまり、私が長だね」
ランフォードもジェフ同様、長だったのか。……道理で二人はいつも対等だったわけだ。
「魔族は、この世界と並行して存在する、魔界に生きる異種族だ。生命は身体の核を破壊されない限り、半永久的に続く。――そして、私たち魔族は皆、あるものを得ようとしている。私も然り、そこにいるジェフも然りだ」
「あるもの?」
コンラートは小さく首を傾げる。一体何を得ようとしているのだろうか。
「それが何なのかはわからない。どんな形をしているのかもわからない。勿論、どこにあるのかも。――ただ、そのあるものを得るために、それぞれの部族が取る手段は、かなり違うのだよ」
ランフォードはワインを口にして、唇を湿らせた。一呼吸ついて、更に話を続ける。
「私の部族は、この世界――ひいては君たちと共存することで、それが得られると考えている。それで私はよくこちらの世界に滞在しているのだよ。――そうしているうちに、君たちこの大地の生命のことを私は愛おしく思うようになった。君たちが愛おしい。だから余計に、私は君たちとの共存を望んでいるのだよ」
「そうだったのか。――俺は、ランフォードがそう願ってくれることを、嬉しく思う」
「ありがとう。君がそう言ってくれると嬉しいよ、コンラート君。――話の続きに戻ろう。私の部族はそうだ。他にも私の部族と意見の近い部族もある。だが、レクトール達の部族は違う。レクトールも、私同様にある部族の長だ。コクマーという部族の筆頭実力者だね。あの部族の考えはこうだ。――この大地を、ここに生きる者達を取り込むことで、あるものが得られる」
そんな――コンラートは声にならない悲鳴をあげた。取り込む、それはすなわち――。
「君の考えたとおりだよ、コンラート君。――そう、この世界を滅し、ものにすればいいとレクトール達は考えている。彼の部族と近い考えの部族も勿論ある。それで私はレクトールと常に、対立しているのだよ」
「ここからは俺様が話を引き継ごう。ランとレクトールは常に対立している。激しいぶつかり合いになることもしばしばだ。ランはこの通りの性格だ、滅多に自分から仕掛けはしないが、レクトールは首だけ騎士が見たとおりの奴だ。ランの隙につけ込み、あわよくば部族ごと滅ぼしてやろうと考えている。筆頭実力者のランを倒せば、あとはどうにでもなるだろうしな。――そこで首だけ騎士、お前が巻き込まれたんだ。わかったか?」
コンラートは頷いた。なんとなく理解出来た。要はコンラートを何らかの形で利用して、レクトールはランフォードを倒そうとしているのだろう。――コンラートの存在は、ランフォードの致命的な隙になり得ると見て取って。
「物わかりがいいな、首だけ騎士。これがランの抱えている事情だ」
「ひとつ、尋ねて良いか。ランフォードの事情はわかった。レクトールという男のことも。――ジェフは? あんたの立ち位置は、どちら側なんだ?」
「良い質問だ。俺様はどちらでもない」
「――どちらでもない? 中立、というやつなのか?」
「俺様の部族、ティファレトの考えはランの部族ともレクトールのとことも違う。どっちにつくのも問題外だ。それで俺様は中立を宣言させてもらっているってわけだ」
ジェフはにやりと笑った。――それでレクトールも明確に、ジェフには敵対行動を取らなかったわけだ。「今回の件に限り」こちらに付くという表現をジェフはしていたのもこれで理解出来た。ランフォードと親しいのは不可解だが――それには色々わけがあるのだろう。部族の意見は違えど、個人的にやり取りをしているのかも知れないし。
「事情はわかった。――それで、俺はどうすればいい?」
「どうすれば……とは?」
「俺は狙われているらしいこともわかった。ならば、それを逆手に取れないかと思って。例えば俺の存在でおびき寄せて、退散させることも可能じゃないか、ランフォード?」
ランフォードは軽く目を見開いた。はっとしたような瞳にうっすら透明なものを滲ませて、コンラートの頭を撫でる。
「……これだから、私は君たちを愛おしく思うのだよ……」
いつの間にか、君はこんなにしっかりしていたのだね。
ランフォードは小さく呟き、目元を拭ったのだった。
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