作戦、開始(20日目:たぷたぷ)

「反対だ。やはり私は反対だよ。コンラート君を危険な目には遭わせたくない」

「俺様は首だけ騎士に賛成だぜ。――なかなか言うじゃないか。その方法はありだぞ」

 全く予想通りの二者の反応に、コンラートは苦笑いを浮かべた。

 事情を知ったコンラートは提案したのだ。コンラートを囮としてレクトールと接触し、今はこれ以上干渉してこないように、決着をつけてはどうかと。恐らく双方魔族のいち部族を率いる長であるランフォードとレクトールの力は互角だろうから、勝負はつかないだろうが、ひとときの平穏は得られると考えたのだ。

 この提案に反対するならランフォードで、ジェフは意外に賛同してくれるのではないかと思っていたら、あまりに思った通りの反応をされて、何とも言えなかった。この辺り、魔族も人間と差がないように思える。

「でもね、ジェフ。相手はレクトールだよ。コンラート君に万が一のことがあったらと思うと」

「ラン。いくら奴でも、囮に使う奴を消しはしないだろうよ。おとなしく賛成しろ」

「それはそうなのだろうけど、消されはしなくとも危害ならいくらでも加えられるじゃないか。私はそれが怖いよ」

 侃々諤々かんかんがくがく、ランフォードとジェフの議論は白熱して止まらない。コンラートは口を挟もうと何度か試みたが、失敗に終わった。これは二人の議論が終わるのを待つしかないようだ。

「――分かった。首だけ騎士を囮に使うが、救出は俺様が責任持って行う。髪の毛一筋も首だけ騎士には傷を負わせないと約束しよう。――これで、首だけ騎士の提案を飲めるな、ラン?」

 そう言い切ると、ジェフは胸の前で両手を変わった組み方で組み、何事かを呟いた。

「そこまでするのかね、ジェフ。――わかった。その条件を飲もう。コンラート君、宜しく頼むよ」

「分かったならいい。早速動くぞ。恐らくここから俺様とランが姿を消すだけで、誰か現れるだろう。――俺様、ここからは一人で動かせて貰うぜ。抜かるなよ、ラン」

 言い終わると、ジェフは姿を文字通り消した。

「さて、私も行こうか」

「ランフォード。行く前に、ひとつ聞いてもいいか?」

「勿論だよ。何だね?」

「さっきジェフは何かをした。ランフォードがそこまでするかということを。――あれは何だったんだ?」

 ランフォードは膝をついてコンラートと視線を合わせた。小さく微笑んで、口を開く。

「あれはね。彼の部族の誓いだよ。――決して口にしたことを違えないという、一番重い誓約だ。ジェフは私に誓ってくれた。彼の呟いた言葉はわからなかっただろうけど、あの誓いは、君にも向けられていた。――それで私は、君の提案を飲もうと思えたのだよ。君の無事が約束されるのなら、私は何とでも戦えるよ」

 では、私も行くよ。ランフォードは扉を開けて、部屋を出て行ったのだった。



 二人のいない室内は、それだけで広く感じる。コンラートは待った。何者かが、姿を現すのを。

 窓から入ってきていた陽の光が、オレンジ色に変わりつつあったときだった。音も無く、扉が開いて、見たこともない男女が入ってきたのは。男も女も、灰色の髪と灰色の瞳をしている。

 その姿と服装からして、その男女はこの地方の人間ではないことが明白だった。コンラートはここで、男女の着ているような灰色の薄物を見たことは無い。

「この生首でいいの?」

「いいんだろう。ランフォードとジェフの気配が無い今しかチャンスは無い。これをレクトール様のところに持って行くぞ」

 ……随分と失礼な言い草だ。まるでもの扱いじゃないか。そう感じたコンラートは、つい口を開いていた。

「あんた達、何者だ? 俺はものじゃないぞ」

 コンラートが喋った瞬間、男女は不快そうに眉間に皺を寄せた。

「お前はものよ、生首。人間のような下賤な者が、対等に口を開かないで」

「貴様は黙ってレクトール様の元に運ばれればいいんだ。――痛っ、何をするんだ生首! 人間如きの歯形をつけるな!」

 男が乱暴にコンラートを掴んだので、コンラートはその腕に噛みついたのだ。コンラートは囮だが、これくらいはさせてもらう権利はあるはずだ。

「前から掴むのが悪いのよ。後から持てばいい」

 痛い――女がコンラートの髪を力任せに引っ張ったからたまらない。

「さっさと運ぶわよ」

 髪を引きずって、女はコンラートを何かに放り込んで――蓋をした。瞬間、視界は真っ暗になる。

(これは……何だ? このいい匂い――ワインの樽か?)

 コンラートを入れた樽は、ごとごとと乱暴に階段を運ばれ、どしんと荷台に積み込まれたようだった。

 


 馬のいななきが聞こえ、ガラガラと車輪の回る音が聞こえる。その他に聞こえてくるのは、何らかの液体の揺れていると思われる、たぷたぷという音。

 荷台を繋いだ馬車と思われるものは、足元の悪い道を進んでいるようで、よく揺れた。揺れるたび、コンラートは樽の中で転がる。

(これはたまらないな。もう少し丁寧に扱って欲しいぞ)

 男女がコンラートに向けた表情から判断するに、そういう扱いはされないだろうとは思えど、あまりに酷い扱いにそう思わずにはいられなかった。

 何かランフォードとジェフの役に立てないか――コンラートは現状を探ろうとしたが、わかるのは暗闇の中に漂うワインの良い香りと、四方から聞こえてくるたぷたぷという音だけだ。たぷたぷと音を立てているものの正体なりと掴めたら良いのだろうが、ワインの匂いに遮られてままならない。

 どれだけ進んだだろうか。車輪の音が止まった。――どうやら目的地に着いたようだ。

「早くこれを下ろしなさい」という先程の女が命令する声とともに、コンラートの入った樽は持ち上げられる。そのままごとごとと運ばれて――どこかの屋敷のような場所に入ったようだ。コンラートを運ぶ者たちの足音が変化している。

 揺られながら運ばれていると、突然どしんと乱暴に下ろされた。そして蓋が開けられる。突然入ってきた月の光が眩しく感じて、コンラートは目を細めた。

「レクトール様。例の生首を運んできました」

「ご苦労。生首をそこに置け」

 髪を引っ張って持ち上げられ、コンラートは樽から出される。置かれたのは、花で飾られた白い皿の上。

「――こうしてみても醜いもの」

「俺にとっては、こんな風にするあんたの方が悪趣味だ」

「――お前に自由に口を開く権利は無い、生首。私が許可するまで黙れ」

 煙水晶の無感動な瞳が、コンラートを射貫く。まとう空気は、あのとき同様冷たくて。

 レクトール――。

 ここまでは作戦通りだ。コンラートはぐっと、レクトールの瞳を見返した。

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