種族を越えて(25日目:灯り)
酒盛りを終えて寝る段になったが、思った通り眠気は全く訪れなかった。
テーブルの上に置いた暖かい布を敷き詰めた籠の中で、コンラートはじっと天井を見つめていた。
先程ランフォードとジェフが、それぞれに示したこれからの道が脳裏を巡る。
――そういえば、何故二人はそこまで、コンラートのことを考えてくれているのだろう?
二人の示した道は全く異なるものだったが、両者とも、コンラートのことを親身に考えてくれていたのには、間違いなかったから。
「――コンラート君。起きているのかね?」
そのとき、ランフォードの穏やかな声が室内に響いた。
「……ああ。ちょっと、眠れなくて。ランフォードも、起きていたのか?」
「奇遇だね。私もベッドに取りあえず入ったはいいが眠れなくて、ずっと起きていたのだよ」
ランフォードが起き上がり、テーブルの側にやって来た。椅子を音を立てないようそっと引いて座ると、コンラートのことをその黒曜石の瞳でじっと見つめる。――いつ見ても、優しい光をたたえた瞳だ。
「静かな、夜だね。……本当に、静かな夜だ」
「ああ。……少し厳しいが、好きな季節だ」
外は積もった雪で白く、明るい。草木は眠る季節だが、この季節がコンラートは好きだった。――この明るさと、静けさが好きだから。
「もっと冬が深まると、更に白くなるのかね?」
「ああ。一面の銀世界だ。きっとランフォードも綺麗だと言うに違いないと思う」
「そうかね。では今度は、その景色を眺めてみないとね」
だいぶ冷えているね。ランフォードはコンラートの頬に手を当てると、そう小さく呟いた。そうして更に布を足してくれる。
「ありがとう、ランフォード。――ひとつ、ランフォードに聞きたいことがある。聞いてもいいか?」
「勿論だとも。何を聞きたいのだね?」
「ランフォードは、何故俺のことをいろいろと考えてくれているんだ? 俺は所詮他人で、おまけに生首だ。面倒だと思えば放置してもいいだろうに」
このコンラートの発言を聞いて、ランフォードは目を細めて微笑んだ。その手でコンラートの短い金髪を撫でながら、ゆっくりと話し始める。
「それはね。――私は君を、友だと思っているからだよ。私は魔族で、君は人間だ。少しばかり姿が変わっていても、人間だ。確かに私たちは他人なのだろうし、ついでに種族も違うね。――それでも、私は君を友としか定義出来ないよ、コンラート君。友人なら、その困りごとを一緒に考え、その荷を軽くしたいと思うのは、自然ではないかね?」
――友。確かにランフォードは、コンラートのことを友と呼んだ。コンラートは、その碧い瞳を見開いた。
「……おかしなことを言ったかね。それでも私は、君を大切に思っている。この世界で出会った、一人の友としてね。――きっとジェフも、君のことを私とはまた違う形で、大切に思ってくれているはずだよ。ジェフ。寝たふりはそろそろやめにしないかね?」
「――何だ、ばれてたのか」
むくりと、ジェフがベッドから起き上がった。シトリンの瞳が鮮やかに闇の中で光っている。
「……どのあたりから聞いていたんだ?」
「最初からだな。俺様も眠っていなかったからな」
ジェフの瞳が、コンラートを見やった。いつも漂う自信たっぷりな色が、今は何故か、見えない。
「俺様、お前を友とまでは定義出来ない。そもそもランとは立ち位置も考えもだいぶ違う。――だが、これだけははっきり言える。俺様、お前のことは認めている。俺様の美学にここまで叶う人間もいたんだと、感心したんだぜ? 首だけ騎士、だから俺様は俺様なりにいろいろ考えている。これで答えになったか?」
認めている。――恐らくこれは、彼なりの最大限の賛辞だろう。答えになってるとの意思表示に、コンラートはひとつ、頷いた。
「――明日も、また早いからね。夜更かしはほどほどにして、眠るとしようか。それとも、もう一度酒でも飲むかね?」
「俺様、飲む方に賛成だな。どうせ今夜はこれからも眠れそうにない」
「コンラート君はどうだね?」
「……飲みたい気がする。俺も、眠れそうにないから」
「決まりだね。店はもう閉まっているから、飲み物は私たちが出そうね」
ランフォードとジェフが、魔法で酒を取り出すのをコンラートは見ていた。
――生首でしかない自分を友だと呼んでくれたランフォード。首だけの自分を認めていると言ってくれたジェフ。――種族を越えた、二人の温かい想い。
二人がコンラートの冷えかけていた心に、まるで灯りをともしてくれたようだった。
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