再び現れたもの(23日目:白)
季節は進み、森も、街も、見渡す限りすっかり真っ白になっていた。
一行は白銀の大地を進んでいた。コンラートは毛糸の帽子とマフラーをしていてもかなり寒く感じているのだが、連れ――魔族であるランフォードとジェフは、相変わらず寒さをあまり感じていないようだ。こちらの世界に帰ってくるなり、ランフォードとジェフは改めて人のように擬態していたが、前も話してた通り、気温を感じる部分までは今回も擬態していないのだろう。
「おやおや、川が凍っているよ。渡りやすいと考えればいいのか、それとも滑らないように注意しないといけないと考えるべきかね」
コンラートを抱えたランフォードが、川を足で確かめながら白い息を吐いた。
「まともに渡らなくとも、飛べばいいだろう、ラン。幸い誰も歩いていないぜ? ――それとも、少しスケートでも楽しむか、首だけ騎士?」
「スケート? スケートのことも知っているのか、ジェフ?」
コンラートは目を輝かせた。幼い時分は、こうして川が凍るとよくスケートをしたものだ。スケートは修行の一環でもあり、遊びでもある。
「勿論だ。俺様、色々知っているんだぜ?」
……色々知っている、なんていうものではない気がする。ジェフは異種族なのに、コンラート達の文化に何かと詳しすぎだ。
「スケートをしてもいいなら、やりたいな。――もっとも、この身体の俺はどうやって滑ればいいのかわからないが」
「それなら何とでもなるだろう。俺様に任せておけ」
ジェフはコンラートの頭を軽く叩くと、にやりと笑ってみせた。
「こういう方法があったか。久し振りだな、滑るのは」
刃をつけた木の蓋に乗せられて、コンラートは氷の上を滑っていた。コンラートを心配したランフォードが、コンラートの横を滑っているが――初めて滑るのか、腰が引けている。
「ランフォード。そんなにおっかなびっくりしなくても大丈夫だ」
「……そうは言われてもね、コンラート君。つるつると滑ってなかなかバランスがだね」
「ランフォードは武芸を嗜んでいるだろう。身体を動かすのはその要領で大丈夫だ」
「そ、そうなのかね? ……ううむ、どうも武芸とスケートは違う気がするのだがね……」
ジェフはというと、荷物番をしていると言って川の岸にいる。これはスケートを知識としては知っていても、実際に滑ることは出来ないのではとコンラートは疑っている。後でジェフに聞いてみよう。
氷はよく滑り、風を切って滑るのは実に楽しかった。まさか首だけの身になってもこうしてスケートが出来るとは。
「君がそんなに楽しそうにしているのは、久し振りに見た気がするよ」
「そうか? ……まあ、いろいろあったからな」
レクトールの接近、そして目の当たりにした魔族達の戦い――でも、これからはまたこうした落ち着いた旅に戻れるんだ。そうコンラートが思ったときだった。
「――おや? あんなところに人影が」
ランフォードはじっとその方向を見て――息を飲んだ。
「ジェフ! すぐ来てくれ。あれを見て欲しいのだよ」
ランフォードはコンラートの乗っている木の蓋を手で止めながら、指で人影を指す。
「どうした、ラン? ……あれは」
飛んでやって来たジェフも、ランフォードの指すものを見てぐっと詰まる。
その頃コンラートの目にも、その人影が何かはっきりわかった。
「嘘……だろ……」
その人影は、毛糸で編んだ白い帽子を被っていた。帽子の下の髪は、薄い色の短い金髪。綺麗な碧い瞳と引き締まった口元の、若き青年――。
どう見てもその青年は、コンラートと同じ顔をしていたのであった。
「ドッペル……ゲンガー……」
コンラートは呆然と呟いた。――これで、二度目だ。
「ドッペルゲンガーは……レクトールとは、無関係だったんだな……」
実は、もしかしたらドッペルゲンガーはレクトールと関係があったのかも知れないとコンラートは考えていたのだ。だから決着が一旦ついたら、もう出なくなるのではないかと。
「ドッペルゲンガーとレクトールは無関係だ。関係があったなら、俺様あの街の時点で気付いている。残念ながらその手の魔法なら、奴より俺様の方が上だ」
「そう、なのか?」
「そうだ。だからあいつの存在は、また別の意味があるんだろうな……」
コンラートのドッペルゲンガーは、氷の上を滑って――そして、音も無く消えていった。
「――そろそろ先を急ごうか、コンラート君。あれが出たことでいろいろと相談したいこともあるだろう……」
「……ああ……」
ランフォードはコンラートを、乗っている木の蓋ごと持ち上げた。そのまま身体を宙に浮かせる。――どうやらしばらく飛んで移動することになりそうだ。
ジェフが指を鳴らすと、川岸に置いてあったはずの荷物が現れた。いろいろな会話と、実際見た戦いでの様子からしても、ジェフの専門はどうやら魔法のようだった。
一行は、凍り付いた川の上を飛んだ。速度が出ると、更に冷気が突き刺さるようだ。
二度、自分のドッペルゲンガーを見た者は――。
伝承を思い浮かべて、コンラートはひとつ、身震いしたのだった。
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