月光の中からの来訪者(14日目:月)
夜の盛況な酒場は、なかなかに騒がしい。特にこのような都市であればなおさらだ。
この日の宿は、酒場の二階だった。だから、夜遅くなっても階下の喧騒が部屋まで届いて、なかなか静かに落ち着けないときた。
「……仕方ないね。私は明日の行程を決めてくるよ。酒場で話を聞いてくるね」
そう言ってランフォードは、部屋を出ていった。ジェフはというと
「じゃあ俺様は、外を散歩でもしてくるとしよう。首だけ騎士、お前はどこにいたい?」
夜に外へと行くという。……夜は危険だ、と教えようとしたが、コンラートはそうするのを止めた。ジェフは魔族だ。人間とはいろいろと違うし、よくわからない魔法も多々使える。きっと彼にとっては夜も、危なくないのであろう。
「……そうだな。窓の側にいたい。月を見たいんだ」
「そうか。今夜はよく晴れているからな。――これでどうだ?」
「よく見える。ありがとう、ジェフ」
コンラートが礼を言ったときには、ジェフはもういなくなっていた。――魔法を使ったのだろうが、毎度ながら驚かされる。
「今日は、満月か――」
空に視線をやると、見事な真円を描いた月がそこにあった。月は煌々と、室内を照らしている。蝋燭の火ひとつしかない部屋だが、月の光が差し込んでいることで、暗いとは全く思わなかった。
屋敷や城から、よくこうして月を見ていたな――コンラートは過去に思いを馳せる。美しい月を見ていたら、また明日も頑張れると、日々の疲れも取れてしまう気がしていたものだ。
窓に息を吹きかけたら、白く曇った。空気もひんやりとしている。
「もうすぐ冬だな。――もう、そんなに時間が経ったのか……」
コンラートがこの姿になったのは、秋のことだった。それがもう、冬になろうとしている。時の流れは、早いものだ。
「――ランフォードも、ジェフも、戻ってこないな……」
最前からだいぶ時間が経っているが、二人はまだ戻らない。
「……ん? いやに静まりかえっていないか……?」
先程まで確かに酒場の喧噪が聞こえていたはずなのに、それが全く聞こえない。恐ろしいまでの静寂に、部屋が包み込まれている。
「――どういう、ことだ……?」
「――そのような姿で、惨めなことだ。ランフォードはこんなもののどこに、執心しているのか、理解に苦しむ」
「誰だ!」
コンラートは声をあげた。静まりかえった部屋に、コンラートの声だけが、ただ響く。
「お前のような生首が知らなくても良いこと」
月の光の中から現れた――ように見えた――のは、片側に垂らした灰色の髪と煙水晶の瞳を持った、冷たい空気をまといし、男であった。
男はコンラートを見下ろした。さも、汚いものを見るような目で。
「どこから見ても、ただの意思ある生首。その姿になってまで生にしがみついて、哀れな」
「ちょっと待て。誰かは知らないが、この姿になったのは、俺の意思じゃない。気付けばこの姿になっていただけだ」
「……お前のような低俗な生き物と口など聞きたくない」
男は眉間に皺を寄せた。不快なのを隠そうともしない。
この男は、俺のことなど虫けらほどにも思っていない――その言葉の響きから、コンラートは敏感に感じ取った。首だけ騎士、とジェフはコンラートを呼ぶが、その声を聞いていてそんな風に感じたことは、一度も無い。勿論、ランフォードもだ。
「……まあ、利用出来るものは利用するまで。ランフォードを始末出来るのなら、それに越したことはない」
「……あんた、ランフォードに何かしようとしているのか?」
「生首。お前に口を開いて良いと私は一言も言っていない。黙れ」
男はコンラートの方に白い指を伸ばした。瞬間、コンラートの全身――と言っても頭部だが――に金縛りが走る。
「ぐっ……うご、けない……」
「生首如きに力を使うことになるとは。黙って私に使われるがいい」
男の手が、コンラートの方に伸びる。連れて行かれる――コンラートが覚悟を決めた、そのときだった。
「――俺様の留守に、来客があったようだなあ? その首だけ騎士をそこに置いていけ、レクトール」
(ジェフ……!)
ばしっ、と音を立てて何かが弾ける音がした。戻ってくる喧噪とともに、ジェフがコンラートの横に姿を現した。ジェフの手がコンラートの頭に触れると、金縛りからも解放される。
「――おや。私の邪魔をするというのですか、ジェフ?」
「生憎、その首だけ騎士には俺様も関係してるからな。――今なら見逃してやる。とっとと立ち去れ。もし去らないと言うなら、俺様の領域を侵したとみなして、容赦しないぜ?」
レクトール、と呼ばれた男は煙水晶の瞳を歪めて笑う。
「――私はジェフ、貴方を敵に回す気は無い。仕方無い、今回は立ち去りましょう」
慇懃無礼に礼をすると、レクトールは部屋から姿を消した。来たとき同様に、月の光の中に、消えるようにして。
「――無事だったな、首だけ騎士」
「まあ、無事だ。連れ去られるかと思ったときは、逃げる足が無いのを呪ったが」
「あいつ相手じゃ、足があってもその姿でも大差ないぞ。お前は人間だからな、首だけ騎士」
ジェフは口の中で小さく何かを唱えた。すると、部屋が淡い黄金の光に包まれる。
「何をしたんだ?」
「結界を張った。ここは俺様の領域だって印だ。――念のため、って奴だな」
有無を言わせず、ジェフはコンラートの首をベッドの上に移した。
「……なあ、ジェフ。一つ聞いてもいいか」
「何だ?」
「さっきの男……あれは」
「――お前は知らない方が良い、と言いたいところだがなあ。どうも首だけ騎士を狙っていそうだから、教えておいてやろう。あいつの名はレクトール。――ランの、一番の敵だ」
「ランフォードの敵……なのか?」
コンラートは思わず大きな声を出した。椅子に座ったジェフは、足を組み直して頷く。
「ああ。ランには敵が多い。その敵の中で一番険悪な関係なのが、さっきの男だ」
「あの男がランフォードの敵なのはわかった。……ジェフは、あの男の敵ではないのか?」
「俺様には敵はいない。立場の違いだな。俺様とランは、だいぶ立ち位置が違うからな。さっきの男も、俺様は敵に回す気が無いって言ってただろう。そういうものだぜ」
ジェフは肩をすくめた。
ランフォードの敵だということは、レクトールも魔族なのだろう。――どうやらとんでもないことに、巻き込まれてしまったようだ。ジェフが、レクトールはコンラートを狙っていそうだと言っているからには。
「ああ――ランが戻ってくるな。首だけ騎士、さっきの出来事をランには話すなよ。わかったな?」
「わかった。話さないと約束する」
部屋に近付いてくるゆったりした、ランフォードの足音が聞こえてくる。
空を駆ける月は、煌々と部屋を照らしている。
――あの月が空にある限り、今夜はよく、眠れそうになかった。
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