小さな気晴らし(15日目:猫)
翌朝目が覚めてみると、外は荒れ模様だった。昨日の天気が嘘のように、雪交じりの強い風が吹き荒れている。
「これは、出立出来そうにないね。――私とジェフは問題ないけれど、君にはこたえるだろう、コンラート君」
「そうだろうか。俺もこんな身体になって、通常の人間ではないが……」
「いや、その身体だと並の人間以上に問題大ありだ、首だけ騎士。うっかり吹き飛ばされても、俺様は知らないぜ?」
何が面白いのか、コンラートの額を小突いて、ジェフは低く笑う。
「痛いぞ、ジェフ! ……まあ、確かにマフラーや帽子が飛ばされても困るな」
「……いや。何かのはずみで君が転がって行ってしまうことの方が私は心配だよ、コンラート君。この嵐が過ぎるまで、ここに滞在しようね」
今日の分の宿代を払ってくるよ。ランフォードは部屋を出て行った。
ランフォードの足音が遠くなるのを待って、コンラートは口を開く。
「……ジェフ。昨日の男は、もうこの辺りにはいないのか?」
「レクトールか? 今のところいないぜ。だが安心はするな。あいつも魔族だ、ここに来るのなんて一瞬だ」
どうやら一瞬も気を抜けないようだ。コンラートは神妙な顔で頷いた。
ランフォードはなかなか戻ってこない。もしやその身に何かあったのだろうか、と心配になった頃、部屋に足音が近付いてきた。
「安心しろ、首だけ騎士。あれはランだ。……何か抱えていそうだがな」
「何か? ……朝食とかか?」
「いや、違うな。鳴き声がする」
ジェフは椅子から立ち上がると扉の方へと歩いて行き、おもむろに扉を開けた。
「おい、ラン。何をしているんだ」
「ああ、開けてくれたのかね、ジェフ。有難いよ。両手が塞がっていて、どうしようかと思っていたところだったのだよ」
そのランフォードの、どこかはしゃいだような声に続いて聞こえてきたのは、にゃあにゃあという鳴き声で。
「コンラート君の気が紛れるかと思ってね。ここの主人に借りてきたのだよ」
部屋に入ってきたランフォードの両手には、猫が数匹抱えられていたのだった。
ランフォードはコンラートがいるベッドまで来ると、両手に抱えた猫をおろした。
「こうすれば君も猫が見られるだろう? 子猫ばかり選んできたから、きっと君でも大丈夫だよ」
黒い子、白い子、縞の子など、子猫は皆少しずつ違って、同じ子は一匹もいなかった。子猫たちはその大きな目でじっとコンラートを見つめている。まるで観察するかのように。
「……この猫たちは、何故俺を観察しているんだ?」
「見たことの無い生き物がいるって感じたんじゃないか? 何せお前は、首だけ騎士だからな」
「……そうだった」
きっと猫たちは、生首を見るのは初めてだろう。それも、喋る生首だ。
「……可愛いな。猫なんて、久し振りに見た気がする」
このような身になる前は、猫ともよく遊んだ。コンラートの両親はあまり猫を好まなかったので屋敷には一匹もいなかったが、勤めていた城にいた猫とよく、職務の合間に遊んでいたのだ。同僚にはそれを笑うものもいたが、可愛いと思うのだから仕方ない。
そのとき、子猫たちがコンラートの方へと近付いてきた。一歩、一歩。
近付いてきたかと思うと――その小さな前脚で、コンラートの頬を、一斉に押した。
「うわっ!」
コンラートの首は、ころりと転がる。
子猫たちはそれが楽しかったのか、じゃれつきながら更にコンラートを押した。柔らかい肉球で、ぷにぷに、ちょんちょんと。
押されるたび、コンラートはベッドの上を転がった。ころころころりと、止まることなく。
「た、助けてくれー!」
にゃあにゃあ鳴く子猫たちは止まらない。ついにコンラートは悲鳴をあげた。
「おやおや。こんなことになるはずではなかったのだけれど」
「――猫たちにとっては、首だけ騎士は喋る玩具みたいなものだったんだろう。ラン、猫を連れてきたのはお前だ、責任もって助けてやれよ」
「何と、ジェフは手伝ってくれないのかね?」
「俺様はこいつらを連れてきて無いからな?」
ジェフは椅子に座り直して笑っている。コンラートを助ける気は全く無さそうだ。
部屋は子猫たちのにゃあにゃあとはしゃぐ声でうるさいくらいだ。
ランフォードによってコンラートが助け出されるまでには、かなりの時間を要したのだった。
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