生首も空腹を覚える(2日目:食事)
少しばかり飛んで移動すると、小高い丘があった。
ランフォードは暗い丘に降り立つと、天を仰ぐ。葬送の炎は、まだ空を鮮やかに焦がしていた。
「派手に燃えているねえ、コンラート君」
「全くだ。あいつ、全然手加減しなかっただろ」
ランフォードの抱えている生首、戦場で出会った騎士、コンラートは呆れているようだ。
「手加減? どこにその必要があったんだ?」
喉の奥でくくく、と笑いながらジェフは炎を見つめていた。金色の炎がシトリンの瞳の中で揺らいでいる。
「手加減は重要に決まってるだろ! 燃え過ぎたらどうするんだこの化け物!」
「俺様、その辺は抜かり無いぜ? この風向きと大気の様子だと、じきに雨になるだろうよ、首だけ騎士」
「だから誰が首だけ騎士だ、俺はコンラートだって言ってるだろが!」
今にも噛みつきそうな勢いでコンラートは怒鳴るが、ジェフは全く動じていない。ただ、にやりと愉しそうに笑うばかりだ。
「ジェフ。コンラート君をあまりからかうんじゃないよ」
「揶揄う? 俺様、至って普通に応対してるがなあ?」
処置無しだ――ランフォードが溜息混じりに肩を小さくすくめたそのとき、額にぽつりと水滴が落ちてきた。最初は小降りだった雨だったが、次第に激しくなってくる。
「おや、本当に降り出した。しかもなかなかの大降りだ。これは雨宿りが必要だね。どこかにいい場所は無いものか」
辺りを見回す。街らしき影は見当たらない。それもそうかも知れない、ここは戦場付近だった。
「コンラート君。ここから街は遠いかね?」
「……遠いな。この辺だと洞窟を探した方が早いと思う」
「そうかね。この土地の者である君が言うなら間違い無いだろう。では、洞窟を探そうか。コンラート君。少しばかり窮屈だが、我慢してくれたまえ」
「俺が何を我慢――うわっ」
ランフォードは羽織っていた黒いマントを外すと、コンラートの首をくるみ込んだ。せめてもの雨避けだ。
「さてジェフ、洞窟を探そうか」
「その必要は無いぜ、ラン。俺様は万事抜かりが無いぜ?」
ジェフは指輪だらけの長い指を真っ直ぐ伸ばす。
その指の差す先には、ぽっかりと空いた穴――洞窟があったのだった。
「やれやれ。雨を避けられると一心地つくね」
ランフォードは濡れたマントからコンラートの首を出してやった。そしてそっと地面に置く。
「風邪をひいてはいけない。今火をつけるからね」
もっとも、生首が風邪をひくかは不明なのだが――ランフォードが小さな火を浮かべるのを、コンラートはしげしげと見ていた。
「……当たり前のことなんだろうけど、あんたもそういうの、出来るんだな」
「ん? ……ああ、勿論出来るよコンラート君。さあ、暖まるがいいよ」
「……悪いな。すごく、暖まる。戦場はとても寒かったんだ」
この言葉からすると、コンラートは気温を感じているらしい。なかなか不思議な生首だ――思いながらジェフの方を見ると、ジェフは衣類を乾かしながら低く笑っていた。
「くくくっ……寒暖はわかるのか、首だけ騎士。俺様、こんなに愉快な生き物には初めてお目にかかったなあ?」
「誰が愉快な生き物だ化け物! あと、何度言ったらわかるんだ、俺はコンラートだ!」
……愉快かどうかはともかく、コンラートが変わっているのは全く否定が出来ない……ランフォードは小さく肩を震わせた。
「ジェフ。あまりコンラート君をおちょくってはいけないよ。――それよりも、ここで落ち着いてる間に、食事を済ませないかね」
「俺様は至って普通の対応しかしてないぜ、ラン? ――ああ、食事だな。今のうちに済ませておくか」
ランフォードとジェフは、食料を取り出した。魔法を使うたび、次々とワインやパン、チーズ等が現れる。
――さて、食べようか。取り出したグラスにワインを注いで、準備万端整った段で、ランフォードは気になった。
「……コンラート君。君は、食事をするのかね?」
二人が食事の準備を整えているのをまじまじと見ていたコンラートは、食事が出来るのかと言うことが。
「こいつが、食事か。ラン、相手は……」
「そう、コンラート君は生首だ。だがね、ジェフ。寒暖も感じるコンラート君だ、お腹も空いてるのではないかと思ってね」
どうだね、コンラート君? ランフォードが尋ねるとコンラートはひとつ頷いた。
「ああ、腹は減ってる。最後に食事をしたのはだいぶ前なんだ」
「ほらね。彼も空腹なんだよ」
「そうか。……なら、分けてやればいい。食ったものがどこに行くかも興味深いからな」
ジェフの興味はそこか――にやりと笑う同族のことは、とりあえず放っておくことにする。
「じゃあ一緒に食べようか、コンラート君。口に合えばいいのだがね」
ランフォードはコンラートの前に、食べ物を並べてやった。パンにチーズ、滋養の高いスープも必要だ。ワインも飲むだろうと、グラスを新たに取り出して注いでやる。コンラートはよほど空腹なのだろう、その碧い瞳は輝いていた。両眼を輝かせながら、コンラートは祈りを捧げ始める。――神への祈りだ。
「ふむ。やはり彼は騎士なのだよ、ジェフ」
「そのようだな」
騎士は信仰心も問われる。その辺りも備わっているところを見ると、コンラートは騎士に相違ないだろう。……今の彼には、身体が無かったが。
コンラートが祈りを捧げ終わるのを待って、食事にした。
ちゃんと食事をとれるのかが気になって、ランフォードはコンラートの様子を見守っていた。コンラートはパンを齧ろうとして――こてんと前に転がっていた。
「おやおや。私が起こしてあげよう」
「……悪いな」
頭を起こしてやると、コンラートは再びパンに挑もうとして――またもや転がる。三度、挑戦を繰り返したが、そのたびコンラートは地面に顔面から転がっていた。
「やはりな。首だけでは食事には支障ありか」
「仕方ないよ、ジェフ。――コンラート君、私が食べさせてあげよう」
パンを千切り、口元に運んでやる。――咀嚼するのには何の差し支えも無いらしい。空腹だったらしいコンラートは、見事な食べっぷりで食事を次々と平らげていった。
「……このワインは美味いが、変わった味だな。スパイスは効かせないのか?」
「君たちはワインにスパイスを入れるのかね?」
「あんたらは入れないのか?」
コンラートは首を傾げる。どうやら味付けの違いが気になるらしい。
「私は入れたことが無いよ。ジェフはどうだね?」
「俺様もあっちでは入れないな。だがこの辺りのワインの味も、知っているぜ?」
グラスを傾けながら、ジェフは笑む。ジェフは興味深いと思ったことには何でも首を突っ込むたちだ、それでこの辺りのワインの味も知っているのだろう。
今度、機会があれば、私もスパイス入りのワインを飲んでみようか――。
大量に食べても、コンラートの食べたものが出てくる様子は無い。どこかで消化されていると見える。――どこで消化がなされているかは、この際考えないことにして。
ならば、彼の食べたいだけ食べさせてやろう――ランフォードは新たに肉料理を取り出すと、コンラートに食べさせてやるのであった。
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