首だけ騎士の旅立ち(5日目:旅)
ランフォード達三人を取り囲んだ兵たちは十数名。槍を構え――一様に皆、震えている。そう、ジェフが片手に提げている、コンラートの生首を凝視して。
「た……確かに、あの顔はコンラート様……」
「……そうなんだが……首、だけだよな……」
そんなことを小声で言い交わしているのが、はっきり聞こえる。
さあ、この場をどうしようか?
ただ突破するだけなら容易い。ランフォードとジェフは人間ではない。その持つ力をもってすれば、ここを切り抜けるくらい、造作も無いことだ。
――だが、今ここに来ているのは、コンラートのためだ。ここはコンラートの家族が住まう屋敷だ。コンラートが両親の元に帰りたいと願ったから、こうしてここまでやって来ているのだ。彼が望む方向に話を持って行くには、どうすれば良いのだろうか?
「――お前達、聞いてくれ。私はこのような姿だが、確かにコンラートに相違ない。父上と母上に会いたい。屋敷の中に入れてもらえないだろうか?」
どうしたいか、ランフォードがコンラートに尋ねようとしたときだった。コンラートが自ら兵達に話しかけたのは。――よく響く、威厳のある声だった。こんな風にも、コンラートは話すことが出来たのか。内心ランフォードは感心した。
声とその表情に威厳はあったが――何分コンラートは首だけだった。彼が話しかけたことでもたらしたのは、更なる恐慌だけだった。
「うわあああ、コンラート様の首が喋った!」
「喋る生首かよ! 一体どうなってるんだ?」
そしてその恐怖の矛先は、ランフォードとジェフに向いた。
「お、お前達か? コンラート様をこんな妙な姿にしたのは!」
「いや、コンラート様の姿を模した、話す首を用意したんだろう。お前達の目的は何だ!」
ぎらりと光る槍の穂先が、ランフォードとジェフに向けられる。
慣れては、いることだ――人間ではないと知れたときに、こういう対応を受けることはままあることだ。だが――慣れているということと、それで傷つかないかということは、別だ。
心構えが出来ているか、とジェフはランフォードに問うた。このことがジェフには、予想できていたのだろうか?
「――済まない、ランフォード。それにジェフ。ここまで世話になったにも関わらず、このような目にあわせてしまって」
「――コンラート君……」
その言葉と声音だけでわかる。コンラートが、ランフォード達を気遣ってくれているのは。それだけで、ランフォードの胸は温かくなった。
「お前達。ランフォードとジェフは私を助けてくれただけだ。私がこのような姿になったのは、彼らのせいではない。――お前達では話にならない。父上と母上に会いたい。さっさと取り次げ!」
「――は、はい!」
コンラートに一喝され、兵達は温室から我先にと走り出て行った。
「――ほう? なかなかやるじゃないか、首だけ騎士」
首を目線の高さまで持ち上げて、ジェフはにやりと笑う。
「なかなかやると言うなら、片手で持つのはやめろ」
「それとこれとは別だなあ。両手で持ってもらいたければ、ランに持って貰え」
ジェフはおもむろに、コンラートの首をランフォードの手を目掛けて投げた。落としては大変だ――ランフォードは慌てて両手で首を抱き留める。
「俺の首を投げるな! ものじゃないんだぞ!」
「そうか。以後気をつけるぜ」
「……その顔、全く気をつける気はないだろ……」
ジェフの、にやりと笑う顔を見てコンラートはじと目になる。全く信じられないという風に。
「――ジェフ。コンラート君は意識があるのだよ。投げるのは私もよくないと思うね」
ランフォードもコンラートの味方をしてやったが、ジェフは笑って肩をすくめるだけだった。
日が高くなってきた頃、ようやくコンラートの父母の元に通された。
コンラートの首を使用人が皆恐れてしまったために、案内に残った女性――先程のアメリアだった――以外誰もいない無人の通路を、ランフォードとジェフは歩く。
「こちらです。どうぞ、お入り下さい」
一つの扉を示してみせると、アメリアは早足で去っていってしまった。――彼女も怖かったのだと見える。
「――失礼するよ」
軽いノックをして、ランフォードとジェフは部屋に入る。
柔らかい陽射しが一杯降り注ぐ部屋のソファには、ひと組の男女が座っていた。女性のすっきりとした目元と碧い瞳はコンラートにそっくりだ。恐らくこの男女が、コンラートの両親なのだろう。
「――父上、母上。今、戻りました」
ランフォードの両手に抱えられたコンラートの首が口をきいた瞬間、女性はがたがた震えて男性の手を取った。
「あなた……首が、コンラートの顔をした首が口を……」
男性は女性を落ち着かせるように、その細い肩を抱いてやる。そうしながらコンラートの方を、鋭い眼差しで睨んだ。
「儂には生首の息子はおらん。今すぐここを出て行くがいい」
ランフォードは見た。コンラートの顔が、蒼白になったのを。
「父上! 私は間違いなくコンラートです! 気付けば戦場でこのような姿になっていただけで……」
「黙れ! 化け物など我が家にはおらん。我が息子の名を名乗る化け物は、さっさと出て行くがいい!」
何と言うことだろう――コンラートは家族に会いたい一心で、帰ってきたというのに――。
目の前が真っ赤になるようだった。ランフォードの長い黒髪が勝手にふわりと靡き始めるが、それに本人は気付かない。
「――ラン」
ジェフが力を込めて、ランフォードの肩を叩いた。
「――だから俺様言っただろう。心構えをしておけと。――落ち着け。お前がここをぶち壊してどうする?」
「……ジェフ……」
危なかった――あと少しで、怒りに任せて力を使うところだった。
「……ご家族がそう言うのなら、ここを出て行くしかないね……それでいいかな、コンラート君」
「……ああ……」
悲しげな色の瞳で、コンラートは両親を見た。それでも母は震えるだけ。父は厳しい眼差しで出て行けと言うだけ。
悄然として、ランフォード達はコンラートの屋敷を出たのであった。
しばらく、誰も口をきかなかった。足取りも重くなる。
日が傾き始めた頃、コンラートがようやく口を開いた。
「……悪いが明日、城に向かってくれないか? 俺の仕えていた城だ。俺の主君なら、きっと理解してくださるはずだ」
こんな身にはなったが、出来れば主君に仕えて暮らしたいんだ。コンラートはそう言葉を続けた。
「……構わないよ。それが君の望みなら、私は叶えてあげるだけだ」
そうは言ったが、ランフォードは不安だった。――また、コンラートの両親に会ったときのようにならないだろうか?
(ジェフ。……君はどう思うね?)
(さあなあ。奴の主君に度量があれば大丈夫だろうがなあ。――ラン、今度はわかってるだろうな)
(わかっているよ、ジェフ。――あのときは、私を止めてくれてありがとう。感謝しているよ)
(――感謝はいいから、同じことはするんじゃないぞ?)
コンラートの仕えていた城のある方角を尋ねて、ランフォードとジェフは再び空を飛ぶ。
今度はうまく行けばいいのだが――。
ランフォードはそう願わずにはいられなかった。
――しかし、その願いはいともあっさりと砕かれてしまう。
「ば、化け物だ! コンラートの生首が喋った!」
立派な椅子に座った、コンラートの主君だという男は、椅子の上で飛び上がった。
「化け物ではありません。私は正真正銘コンラートです。この通り、無事に戦場から帰りました。このような姿にはなりましたが、貴方に再びお仕えしたいです」
無事……かはこの際置いておこう。意識がはっきりあるのだから、まあ無事だということにして。
真っ直ぐに主君を見つめ、コンラートは頭を下げる。
だが、主君から帰ってきたのは、凍り付くような目線と、拒絶だった。
「お前のどこが無事か! 第一、喋る生首をどうやればコンラートだと思える? 化け物だ、化け物! 今ならそのまま帰らせてやるから、さっさと出ていけ! 首を持ち込んだお前達もだ!」
しっしっ、と主君は手を振る。汚いものを見たような顔をして。
ランフォードは手の中のコンラートを見た。コンラートは、目を見開いて、震えていた。
無理もないだろう。信じていた主君に、この仕打ちを受けては。
仕方ない、帰ろうか――ランフォードがコンラートに話しかけようとしたときだった。黙ってランフォード同様に膝をついていたジェフが、立ち上がったのは。
「無礼者! 私の許可なく立ち上がるな!」
「俺様、お前の部下じゃないもんでねえ? ――お前、上に立つ器じゃないぜ。コンラートがどんな思いでここまで帰ってきたか、考えられないようじゃなあ?」
そんな奴らは、こうしてやるよ――ジェフが片手を上げて振ると、眩い黄金の光が辺り一帯を包み込んだ。
「……な、何が起こったんだ……?」
「……ジェフが力を使ったんだよ、コンラート君。――恐らく、何らかの暗示の術だろう」
ランフォードとジェフは同じ魔族だが、得意な分野は全然違う。ジェフが一番得意とするのは、暗示や幻覚と言った類の魔法であった。
「出て行こうぜ、ラン。ここにはもう用無しだろう」
「そうだね。――それでいいね、コンラート君」
「――ああ……」
ランフォード達は黄金の光の中、城を後にした。
苦いものが、口いっぱいに広がるような、気がした。
「ひとつ気になったんだが……主君に何をしたんだ?」
城が見えなくなった頃、コンラートがジェフに問いかけた。
「城の人間全員に暗示をかけた。首だけ騎士、お前を忘れるというな」
「……そうか……」
胸が痛むだろうが、適切な処置だとランフォードは感じた。化け物と思ったのなら、いっそ忘れて貰った方がいいだろうと。
「……俺……いる場所が、なくなってしまったな……」
遠い目をして俯いて、コンラートは呟く。家族にも、主君にも拒絶されては、どこにも居場所は無いだろう。
「……それならば、私たちと居場所を探してはどうかね、コンラート君?」
「――え?」
コンラートは顔を上げた。ランフォードはそんな彼と、目を合わせる。
「幸い私たちは全然急いでいない。おまけに君を何とも思っていない。――君の居場所を探す旅をしよう。どうだね?」
「いい……のか?」
「勿論だよ。ねえ、ジェフ?」
「異存ないぜ。お前と一緒にいたら愉しそうだからな、首だけ騎士」
ジェフはシトリンの瞳を細めて、にやりと笑って頷いてみせた。
「この通りだよ。どうだね、コンラート君?」
コンラートの表情が、ぱっと明るくなる。それだけで、返事は十分だった。
「――有難い。しばらくよろしく頼む」
「決まりだね。では、行こうかコンラート君。――ああでも、ひとつだけ注文が私からあるのだが、いいかね?」
「もちろん。何だろうか?」
「しばらく三人で旅をするのだから、あんたではなく名前を呼んで欲しいね。どうかな?」
「……わかった。ランフォード、それにジェフ」
「それでいいよ、コンラート君」
「しばらく愉しませてくれよ、首だけ騎士」
「だから首だけ騎士って呼ぶな! 俺はコンラートだって!」
まずは道沿いに歩いてみようか――ランフォードとジェフは、歩き出した。コンラートの首はランフォードが両手で抱えている。
旅をするのは初めてだ、とコンラートは小さく漏らした。聞くと、温室の世話以外は修行ばかりの日々を送っていたのだとか。
彼に、良い場所が何か見つかればいいのだが――。
ふぞろいな三人の旅は、ここから始まった。
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