久方振りの穏やかな眠り(6日目:眠り)
とっぷりと、夜が更けた。
その日宿にたどり着けなかった一行は、野営の準備をしていた。寒くなりつつあるこの季節の野宿は、普通に考えたら自殺行為だが、幸いというか何と言うか、ここに普通の人間はいない。
「……夜は、冷えるな」
ランフォード達が野営の準備を整えるのを静かに眺めていたコンラートが、小さく呟いた。
「ほう? ――そういえば、寒暖はしっかり感じるんだったな、首だけ騎士。俺様が暖めてやろうか?」
「遠慮する! あんた――ジェフに頼んだら、わざとあの世に送られそうだ」
ぶんぶん、と首を横に振って拒否するコンラートを見て、ジェフが喉の奥で低く笑う。――あまり首を勢いよく振りすぎると、バランスを崩しはしないだろうかとランフォードは内心冷や冷やしていたが、案の定、コンラートの首は大地にころりと転がった。
「ジェフ。面白がっていないでコンラート君の首を起こしてやったらどうだね」
地面に転がってじたばたしているコンラートの生首を起こしてやりながら、ランフォードはジェフをたしなめたが、ジェフはにやりとするばかりだ。完全に面白がっている。全く仕方のない同族だ。
「ああ、顔が汚れてしまったよ。今すぐ拭いてあげるからね」
ハンカチを取り出すと、ランフォードはコンラートの土に汚れた顔を拭ってやった。すっきりした目元に、引き締まった口元。短く揃えられた薄い色の金髪と、綺麗な碧い瞳――思えばコンラートの顔は、なかなか整っている。もしかしたら、なかなかもてた騎士だったのかも知れない。――今のコンラートは、生首であったが。
「さあ、食事にしようか。コンラート君もお腹が空いただろう。今日は何がいい?」
「……身体の暖まるものがいいな」
「わかったよ。ならばパンをスープに浸して食べようか」
今のコンラートには身体が無いが、そういう細かいことは言わないでおく。
「ラン。スープの肉は豚肉にしてやれよ」
「それは構わないが、何故豚肉なのだね?」
「そこは、首だけ騎士に聞けばわかるぜ。確か脂肪多めだよな?」
ジェフが言うのに、コンラートは頷いた。
「……よくわかるな、俺が脂身多めの豚肉が好みだと。そんな話は一言もしてないと思うが」
ジェフは人間文化をよく知っている。人間にはさして興味が無いと言いながら。――恐らく、この地方に住まう騎士の好みを、熟知していたというところだろう。
「それならば、君の好みのものを出そう。好きなものを食べると、それだけで幸せな気分になるからね」
ランフォードが脂身多めの豚肉のスープと、これまた脂身多めの豚肉をたっぷりの香辛料と共に焼いた料理を出すと、コンラートはその瞳を輝かせた。
相変わらず、コンラートはよく食べて、よく飲んだ。彼が飲み食いしたものはどこに消えているのか、ランフォードはこの際考えないことにした。最初は、首の断面から食べたものが出てくるかと思ったのだが、その様子は全くない。――これは世界七不思議のひとつと言っても過言ではない気がする。
空腹がおさまり、火で身体が暖まってきたことで、眠気が襲ってきたのだろう。コンラートのまぶたが、重くなり始めた。ここのところしっかり眠れていないのも、影響しているかも知れない。両親に、主君に拒絶されたのがショックで、コンラートは最近ずっと、全然眠れていないようだったから。
「コンラート君。眠いのなら、休んで良いのだよ。見張りは私とジェフがしっかりしているからね」
「……そうはいかない。この辺りでの野宿は決して安全じゃない。俺だって」
「――何が出来るんだ? 今のお前は、騎士は騎士でも首だけ騎士。その姿で出来ることが見つかったら、俺様容赦なく使ってやるが、今のお前にはまだ見つかってないだろう。――大人しく休むんだな。何なら俺様が眠らせてやろうか?」
「……遠慮する。ジェフに頼んだらここで永眠させられそうだ」
目をしぱしぱさせながら、コンラートは小さく欠伸をした。コンラートの答えを聞いて、ジェフは愉しそうににやりと笑っている。――一体コンラートが眠らせてくれと頼んだら、ジェフは何をするつもりだったのだろうか。ちょっと、いや、かなり怖い。
「寝るならやはり布団が必要かね」
ランフォードは大きめのクッションを取り出した。ベッドを出してやっても良かったのだが、コンラートは首だけだから、クッションで丁度いいサイズだろう。出してやったクッションに、ランフォードはコンラートの首を、後頭部を下にしてそっと置いてやった。柔らかなクッションに、コンラートの首はすっぽりと包まれる。
「……悪いな、ランフォード」
「何も悪くないよ、コンラート君。さあ、休むといいよ」
ランフォードが言い終わるのを待たずに、コンラートは寝息をたてはじめた。すうすうと、気持ちよさそうにコンラートは眠っている。余程、疲れていたのだろう。
「――掛け布団は必要かね。どうだろう、ジェフ?」
「要らないだろう、ラン。大体掛け布団をどこにかけてやるんだ?」
「ほら、君はコンラート君が風邪をひいてはいけないとは思わないかね?」
「――お前も変わった奴だよな、ラン。生首の上に何かかけたら窒息するだろ。もっとも、通常の呼吸をしていればの話だがな」
くっくっく、とジェフは低く笑う。それはそれは、愉しそうに。
「うーむ……でもやはり気になるからね。せめてこれをかけてあげよう」
ランフォードは柔らかなハンカチを取り出すと、コンラートの額に乗せてやった。
「おいおいラン。それはそれで滑稽だぜ?」
ジェフは更に笑い続ける。――ジェフは一体何がおかしかったのだろうか?
コンラートはその騒ぎをものともせずに、すやすやと眠り続けている。
気持ちよく眠れるときは、ぐっすりと寝たらいいよ――ランフォードは優しい眼差しを、コンラートの方に向けた。
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