物語のようでなくても(27日目:物語)
吹雪がおさまった隙に移動して、一行は街に辿り着いていた。
「やれやれ。何とか街に辿り着けたね。私はだいぶ身体が冷えたよ」
街の門をくぐるなり、ランフォードは大きく身を震わせた。
「ランフォード。こちらの気候をあまり感じてないのではなかったのか?」
「そうなのだがね。調節を少し誤ったよ。ここは本当に寒さの厳しい土地なのだね」
……どうやら擬態の調節を誤ると、魔族でもしっかりと寒さを感じるらしい。コンラートはもう一人の魔族、ジェフを見たが、こちらは調節を誤ったということもなく、全く寒さを感じていないようだ。寒そうな様子は全く見受けられない。
「ラン。だから擬態するのもほどほどにしておけと俺様言っただろう。――まあ仕方ない、身体を暖めるか」
「――どうするのだね、ジェフ?」
「決まってるだろう。少しばかり早いが、酒場に行く」
酒は身体を暖めてくれるぜ? にやりと笑うジェフを止める者は、誰も無かった。
同じことを考える者が多いのか、酒場は昼にしては混雑していた。空いていた隅のテーブルに、一行は席を占める。
「……俺が普通にいても大丈夫なんだな……」
「俺様に抜かりはないぜ、首だけ騎士。周りからは、ここには三人、人間がいるようにしか見えないぜ?」
どうやらコンラートの知らない間に、ジェフは幻覚の類の魔法を使っていたようだ。――それで堂々とコンラートをテーブルの上に乗せていたのか。
「さあ、何にしようか、コンラート君? グリューワインと、あとはスープと肉料理かな」
「パンも欲しいな。……出来ればチーズもつけてもらえると、俺は嬉しい」
「勿論だよ、コンラート君。ではチーズもつけようね」
早速店員を呼んで、注文を入れる。心持ち食べ物を多めに頼んでくれたのは、きっとよく食べるコンラートを慮ってだろう。
「しかし、こうして暖かい店内に落ち着くだけで、人心地つくね。外は本当に寒かったよ。明日もう少し、防寒具を買い足すとしよう。コンラート君も、何か要るかね?」
「俺は十分だ。マフラーと、あとこの帽子があるから」
口に出して言ってはいないが、片時も離さないマフラーと帽子は、今ではコンラートの大切なものだった。これさえあれば、身体も心も、寒くない。
そのとき、酒場の一角から歌が聞こえ始めた。どうやらこの酒場に詩人が訪れていたようだ。詩人が歌うは『ニーベルンゲンの歌』――有名にして、美しい叙事詩。
「美しい物語だね、コンラート君」
「この歌はニーベルンゲンの歌と言うんだ、ランフォード。俺の住む地方では、有名な叙事詩なんだ。ジークフリートの話だから、これは第一部だな」
「おや。第一部ということは、第二部もあるのかね?」
「あると俺様聞いているな。クリームヒルトが中心の話、だったか?」
「ジェフは知っているかもしれないと思っていたが、その通りだ。――この叙事詩は、騎士の理想像を追い求めた物語でもあるんだ」
幼い時分から、何度も聞いてきた物語。そんな理想の騎士になりたいと、夢想しながら。――理想の騎士になりたいという夢は、この首だけの身になったことで、既に潰えているが。
「――コンラート君」
「何だ、ランフォード?」
「君は、この物語のような騎士を理想としていたのかも知れないが――私にとっては、君こそが、騎士だよ。立派な騎士だとも」
「……こんな、首だけの俺が?」
「そうだとも。私は君と接して、騎士というのはこういう人物のことなのかと思ったのだからね。物語のようでなくとも、君は騎士だ。――君もそう思うだろう、ジェフ?」
ジェフから返事は返ってこない。運ばれてきたワインを口にして、ただ口の端で笑う。その沈黙こそが、何よりも彼の想いを雄弁に語っていた。
物語の中の騎士のようには、俺はなれなかった。
――でも、こんな風になった俺を騎士だと呼んでくれる人が、側にいてくれる――。
それなら別に、俺は物語のようでなくてもいい。俺は俺で、いい。首だけ騎士のコンラートで、いい。
憧れの対象だった、ニーベルンゲンの歌を聴いてなお、そんな風に素直に思えた。
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