初めて見る顔(28日目:かわたれどき)

 闇の中、コンラートは目を覚ました。

 雪の仄かな白さ以外、何もわからない。どうやらまだ朝まではまだ少し時間がありそうな刻限のようだ。

 テーブルの上に置かれた籠の中にコンラートはいたが、暖かな布に包まれているから、寒さは殆ど感じなかった。

 何も見えない闇の中、コンラートは目を凝らす。

 ランフォードとジェフは、よく眠っているようだった。規則正しい寝息が聞こえてくる。

(二人とも、いろいろとしていて疲れたのだろうな)

 俺ももう一度寝るか――コンラートが目を閉じようとしたとき、暗闇の中で二人のどちらかが、身体を起こした。

「ランフォード? いや、ジェフか――?」

 闇の中、黒い塊のようにしか見えないその人影は、ベッドから降りるとコンラートの方に一歩一歩、ゆっくりと近づく。

「――俺様だ、首だけ騎士」

 コンラートの側に来てくれてやっと、ジェフの長いウェーブのかかった金髪やシトリンの瞳がはっきりわかった。

「――暗闇だと、意外にどちらなのかわからないな」

「そんなものだろう。今はそういう刻限だ」

「……そういう、刻限?」

 コンラートは首を傾げた。そういう刻限、とはどういう意味なのだろうか。

「首だけ騎士。お前の国ではこの時間帯を何と言う?」

「――夜更け、とか夜明け前、だろうか」

「そうだな。東方の国には、この刻限を指すこんな言葉がある」

 ジェフは一拍置くと、ゆっくり口を開いた。

「――かわたれどき、ってな」

「かわたれどき? それは、どういう意味の言葉なんだ?」

 闇の中、ジェフがふっと声を出さずに笑うのがわかった。その指輪だらけの大きな手で、コンラートの頭を撫でる。まるでその行為を褒めるかのように。

「お前は案外いろいろ興味を持つ。俺様、お前のそういうところは嫌いじゃないぜ。――かわたれどき、ってのは側にいる奴の顔もよく判別つかないという意味だな。丁度さっきの首だけ騎士のような状態だ。俺様とラン、どっちが起きたのか最初わからなかっただろう?」

「ああ。――その状態を表現しているのか。美しい言葉が、東方にはあるんだな」

 東方の国に、当然コンラートは行ったことが無い。だが、こうしてジェフの話を聞いていると思う。――その国を見てみたいかも知れないと。ずいぶんとこの国とは、違う国が存在するようだから。

「――行ってみたいか、首だけ騎士? それなら俺様、お前を連れて行ってやってもいいんだぜ?」

「それもいいかも知れないな。――うん、それも悪くない」

 騎士として、仕える場所もなくなった。ならば心の赴くままに、このまま旅を続けるのもいいかも知れない。最初は旅をすることに戸惑いを覚えたが、今ではすっかり慣れ、いろいろ旅の中で心弾むことも見つけられるようになっていたから。夜が朝になるように、コンラートの心にも、光が差してくるようだ。

「――いい顔だ、首だけ騎士。お前は最初出会った頃より、本当にいい顔をするようになった――」

 夜がだんだん明けてきたようだ。少しずつ空が白み、室内もぼんやりと明るくなってくる。周囲が仄かに明るくなったことでジェフの表情がしっかりと見えたが――彼は、微笑っていた。皮肉な様子も見せず、いつものようにどこか尊大な様子もなく。コンラートを見やってただ、目を細めてどこか切なげに、微笑っていた。

 初めて見る、表情だった。――どうしてそんなに胸が痛くなるような表情を、ジェフはするのだろうか?

「さて。俺様もう少し寝させてもらうとするぞ。朝になるまでにはもう少し、時間があるからな」

 ベッドの方に戻る前にぽんぽん、とコンラートの頭を叩いたときには、普段見る顔にジェフは戻っていた。まるで先程の表情が、幻のように。

 闇の中、おぼろげだった室内がだいぶはっきりと見えるようになってきた。よく眠っているランフォード。布団に頭からすっぽり潜り込んでいるが、寝ているかは定かではないジェフ。そして、こうして起きている、俺――。

 こんなところでも、俺たちはふぞろいだ。それも何となく、面白い。

 俺も何とか、眠る努力をしようか。旅の間に眠っていては、きっと迷惑がかかるから。

 コンラートは瞳を閉じたが、そうしてみても先程目にしたジェフの、どこか胸の締め付けられるような表情が頭から離れなかったのだった。

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