さりげない気遣い(13日目:流行)

 街の中央にあるカテドラルから、鐘の音が聞こえてくる。

 一行は、大きな都市に到着していた。広い表通りには活気があり、賑やかだ。

「ここは前訪れた街よりも大きなところだね。ほら、あちらの街路にはたくさん店が出ているよ、コンラート君」

 ランフォードはコンラートの首を、店が多く出ている方へと向けてやった。ちなみに城門を通る際に、コンラートの存在に人々が気付かなくなるよう、ジェフが都市全体に魔法をかけている。大きな都市に、その見た目は生首でしかないコンラートがいきなり現れたら大騒ぎでは済まないから必要な措置だ。

「まだ持ち物は不足していないけど、足りなくなってからでは遅いからね。市を覗こうか。皆、それでいいかね?」

「俺はそれでいい」

「俺様も問題ないな。――この都市は人が多い。店を覗いて歩く前に、宿を押さえた方がいいぜ、ラン」

「それもそうだね。では、まずは宿に行って部屋を押さえてしまおうか」

 一行は賑やかな雑踏を歩いて行く。

 ランフォードは両手に抱えているコンラートに目をやった。湖のほとりで不安げな顔をしていた彼だったが、今は落ち着いているようだった。

 コンラートにも、いろいろ心細いことはあるだろう。ただでさえ、生首になってしまった自分というものをどう受け止めていいかで惑っているようだったところに、前訪れた街で、己と同じ姿をしたもの――ジェフが言うには死の前兆だという――などというものも見ていることでもあるから。

 せめてコンラート君が、今だけでもそういう苦悩を忘れられれば良いのだけれどね――。

 ランフォードは、そう願わずにはいられなかった。



 宿を取ってから、一行は店の建ち並ぶ街路に繰り出した。

 コンラートは目を丸くして、並ぶ店を眺めていた。コンラートの屋敷があったのは、このように大きな都市の側ではなかったため、ここまで賑わう都市を訪うのは初めてだったのだ。

 屋台がたくさんある。もっと簡易な露店も数多く並んでいた。居酒屋の数も多いし、風呂屋の看板も見える。

 あまりに店が多くて、これは目が回りそうだ――口には出さなかったがコンラートはそんなことを考えていた。

「コンラート君。どこか、見たいお店があったら遠慮無く言って良いのだよ」

 マフラーを巻き直しながら、ランフォードが穏やかな口調で言ってくれた。

「ありがとう、ランフォード」

 でもそう言って貰っても、迷うな――コンラートが周囲を見回したときだった。その店に、目が留まったのは。

 それは、服屋だった。綺麗な青色の服が、目立つ場所に飾られている。

「――ほう、服屋か? お前も流行りは気になるか、首だけ騎士?」

「……毎度ながら、よくこの土地の流行りを知っているな、ジェフ……」

 少し前までは、深紅が一番の流行だったのだが、最近の流行は断然、青色だった。皆、こぞって青を使った服を着たがったものだ。

「私は全く知らなかったのだが、ここにも流行色があったのだね、コンラート君?」

「ああ。最近は青が一番流行っているんだ。前は深紅だったんだが」

「……だいぶ違う色に流行りが移ったのだね。深紅の色を出していたものを扱っていた商人なんかは大変そうだよ」

 ランフォードの言うとおりであった。青が流行しはじめて、深紅の染料を取るために用いられていた茜を扱う商人は大打撃を受けたとコンラートも聞いている。

「せっかくだ。何か流行りの色のものを買ってあげよう。マフラーはあるから――この帽子なんかどうだね、コンラート君?」

 帽子を扱う露店の前で足を止めたランフォードは、熱心に商品を眺めている。

「青の帽子なあ。首だけ騎士がそれを欲しいなら俺様止めないが、色の意味を考えたら白もいいんじゃないか?」

 ジェフはその大きな手に、白い帽子を取って見ている。

「色の意味? そのようなものがあるのかね、ジェフ?」

「ああ。確か青は誠実、だったか」

 相変わらずジェフはよく知っている。まさか色彩の象徴する意味までしっかり把握していたとは。

「では、白はどのような意味なのだね?」

「――願いが聞き届けられる希望、という意味なんだ、ランフォード」

 コンラートは微笑んで瞳を閉じた。ジェフのさりげない気遣いが、身にしみる。

 このような姿になってしまった自分に、希望を願う色か――思えば願いとか希望とか、そのような明るいことを考えてなかったことに、コンラートははたと気がついた。

 何かを俺も、願ってもいいのかも知れないな。首だけになってしまった身ではあるけれど。

「そういう意味なのなら、私も白を買うのに賛成だ。これにしようね、コンラート君」

 ランフォードはジェフの持っていた帽子を受け取ると、会計したのであった。

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