18本目 絶体絶命をキャンセルッ! 【Ad.23】

 魔王ワルプルギルスの限定解除――


 早い話が封印の部分解除だ。解除レベルに応じ、封印されている魔力の一部を解放させる。その権限、《王権おうごん》もまた、魔王係に与えられる特典のひとつだが、ほとんど気軽に使えるものではない。


 解除レベル1の時点で、魔王の魔力はクジビキ妨害ぼうがい禁止の誓約せいやくを無視できるまでになる。

 そしてワルプルギルスの特性は、無限遠の魔力量に応じた体積と形態変化。


 クリスマス・イヴの市街地の公園に、巨大な球体の怪物が突如として出現していた。


 大きさは五階建てのビルをもしのぐ。太く長い手足が二本ずつ生え、天辺てっぺんには半分まったフラスコのような頭がある。頭には感じの悪い目とギザギザの口、そしてフラスコの口のような穴には、これも巨大化した七本のクジが刺さっている。


 たいばらの巨人と化したワルプルは、眼下のテルマたちを見おろして噴きだした。


「ニャーッハッハッハッ! なぁぁにが〝まだだ〟だ! バカじゃねーかとは思ってたが、本当にバカなんじゃねーかァァァ!?」


 すぐ足もとにいたカデンがタマの助けを借りてヒイヒイあえぎながら逃げてくる。テルマのそばを通りすぎ、ぱなえとソーメの近くまで来て座りこんでいた。


「おー、狙いどおり邪魔者はいなくなったなあ、テルマぁ? で、こっからどーすんだぁ? しき内じゃなきゃ再封印できねーぞぉ?」


 敷地内とは学校カノコーのことだ。

 学校を包む封印本体の範囲内にいれば、限定解除はものの十三秒で取り消される。


 つまり逆に、学校の敷地の外にいれば、中まで押し戻されない限りワルプルは自由ということだ。たとえ、24時を過ぎれば全封印が解けるぎわだろうとも。


「クジビキの時間切れまで残り三時間ってとこか? いまこの場にいる勇者モドキは行動不能。さすがにこんだけ目だちゃあ、ほかのも駆けつけるだろうが? 後手ごて後手にまわってるうちに逃げきりゃあ、オレサマの勝ちだッ!」


 とがったきばの並ぶ口の両端をつりあげ、絵本に出てくる悪魔のようにワルプルは笑う。


 と、不意に視線をテルマから外し、倒れている千枝を囲むぱなえたちのほうを見た。


「ぱなえぇぇ、そういや借りがあったな?」

「ほぇ……?」


 へたりこんで完全に放心しきっていたらしいぱなえの口から、ため息か返事かもわからないような声がもれる。その様子のなにが面白かったのか、ワルプルは「ニャヒヒッ」と笑って体を揺らすと、おもむろに片腕を振りあげた。


「勇者モドキも減らしとかねぇとなあ? となりで寝てるやつごと天国に送ってやるぜ、ぱなえチャン。なに、魔女だからって遠慮すんな。なにせ、明日からこの世界は地獄だぁぁぁぁ」

「えっ、ちょ、ワルプル様!?」


 声はぱなえでなく、すぐ近くにいたカデンから。


「お、お待ちくださいっ! わたしたちもまだここにッ――」

「バイニャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンッッッ!!」


 悲鳴があがるひまさえなく、ぱなえとカデン、そしてタマ、ソーメと意識のない千枝のいる場所に、ワルプルの巨腕が振りおろされる。


 手ごたえありと、ワルプルはまた口の端を持ちあげかけ――しかし違和感に気づいた。

 腕が地面に届いていない。なにかがすぐ下で押しとどめている。


 ワルプルが少し腕を浮かせると、ピンク色の光がすき間からあふれてきた。


「ほーう?」


 ぱなえだ。ぱなえが下でなにかやっている。

 おそらくは反発魔術。物体による衝撃しょうげきを同じ力で押し返すバリアのようなものだ。ワルプルがびんから出たとき、ぱなえのポケットの中身がひっくり返っていた。おそらくあの中に触媒しょくばいの作り置きがあったのだろう。


 だが――とワルプルはほくそ笑む。


 所詮しょせん、魔術。触媒には使用限界がある。魔術師の腕次第で引きのばせるが、あのぱなえひよっこではあっという間に使いきる。


 試しに少し力を入れて押しこんでみた。想像どおり「うっぐぅぅっ!」と腕の下からもんの声があがる。


「ち……千枝さんッ、起きてください、まし……!」


 かんな声。希望を捨てていないらしい。だが魔女の端くれでありながら、まがいものとて勇者に命をたくすなど、やはりひよっこの半端者。


 途端につまらなくなり、ワルプルはより力を強めた。触媒が力を失うまで耐えさせてなぶるつもりだったが、さっさと魔術の出力上限を超えてすりつぶすことにする。

 血を吐くような声がすぐに聞こえ、ワルプルはえつに入った。


「や……ぎ……も、ぉ……限、界ぃッ……!」

「やれやれ」


 魔術による抵抗が消えるその瞬間、気の抜けた声が聞こえた気がした。

 それから、チリンと、金属質の小さな音も。

 すべてすぐ地響きに変わり、気のせいだったような気もしたが。


 直後、魔王は戦慄せんりつした。


不甲斐ふがいない」

「!?」


 叩きつけた巨腕が跳ねあがる。

 自分で持ちあげたのではない。はじき返されたッ!?


(やべぇッ!!)


 魔力の波動を感じる。懐かしい赤い波動。


 へたりこむ少女たちのあいだに、武骨な肉切り包丁じみた大剣をかかげ、燃えるような赤髪の少女が立っている。

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