11本目 ぱなえをキャンセルッ!!! 【Ad.16】

 もしや、魔王様復活の前兆!?

 カデンは本気でそう考え始めていた。


 魔王の魔王たる所以ゆえんは、その魔力が『げんえん』と呼ばれることにある。生ける者すべてが有限の魔力を持ち、使えば減るのがこの世の原則。だが、魔王ワルプルギルスの魔力は増えつづける。しかも上限がない。


 だから初代『勇者』と呼ばれた封印術師は、魔王の魔力だけを定期的に外へくみ出す仕かけを封印に組みこんだ。それがクジビキであり、魔王係の真の意味。十三日ごとに魔力の受け皿が用意されなければ、増えすぎた魔力で封印が内側から破られてしまう。


 ――ということは、クジビキの日の魔王の封印は、いまにもはち切れそうなくらい魔力でパンパンなのではないか。そして魔王の人格を宿す化身ワルプルは、封印のおりそのものだという見方もある。だからつまり、タイムリミットが近づくにつれて、ワルプルは大きくふくらんでいくのではないか……。


「よくできてるなー」


 下から聞こえたテルマの声で、カデンは急に我に返った。ふたりいっしょに電柱のかげに隠れ、カデンは両手でつかんだねじれヅノのあいだに顔を入れていた。下を見れば、テルマはぜんとしてついさっきまでのカデンと同じ方向をながめている。


 できてる、というフレーズが脳裏で反響するのを聞きつつ、カデンはもう一度顔をあげた。


 通りの先を、濃い紫色の巨大な球体がこちらに背を向けて進んでいる。頭にはびんの口。背中には飛べそうにない小さな黒い羽根、おしりには七本の細長いしっぽ。ちょっとした出っ張りのような四本脚と、それとは別に、真下から突き出す緑のショートブーツ。


「あ」

「中身誰だー?」

「さ、さーぁ? 誰かしらぁ……」


 小声で適当にはぐらかしつつ、カデンはその凝視ぎょうしした。


 なぜ本物だと思ったのか。テルマがつぶやいたとおり、確かに見かけの完成度は高い。だが動きは不自然だし、クジビキの途中だと聞いていたのに頭のびんの口にはせんがはまっていて、しっぽもそろっている。なにより、見落としようのない足……カデンは気まずいながらも、そのブーツに見覚えがあることにも気がついていた。着ぐるみから直接出ているふくらはぎが、カラータイツをいているかのように鮮やかな赤色をしていることにも。


「よしっ、脱がせるか!」

「へ? あいたッ!?」


 下にいたテルマのツノがカデンのひたいをたたいた。涙目のカデンが「ちょっと、急に動かないでよ……」と前髪を押さえて抗議するも、テルマは夢中で駆けだしていく。


 その足音とさっきのカデンの悲鳴で、ニセワルプルも気がついたらしい。


 丸い巨体がのっそり振り返り、道の真ん中で立ち止まったテルマとたいする。テルマは迷わず正面へ向けて、指をいっぱいに広げた手を突きだした。


「《王命》である! 全裸になれぇーッ!」

「《却下キャンセル》ゥ――――――――ッッッ!!」


 テルマは振り向いて唇をとがらせた。


「なーんーでーだーっ!」

「なんでだはこっちよ! どこに全部脱がせる必要があるのよッ!?」

「靴と靴下は残すのでおねげぇします!」

「余計マニアックになるだけじゃない!」

「キェェーッ、マニアックを解すカデンママのドスケベさんめ! いたたまれなくて逃げたぞっ!」

「はいィィィ!? って、あッ!」


 テルマが指さすので目を向ければ、ニセ巨大ワルプルがふたたび背を向けてわたわたと走り始めていた。

 が、足が少ししか出ていないのでとても遅い――と思いきや、突然球体部分がズボッと上へ持ちあがり、ほっそりした生足が太ももまで生えた。


 赤い。本当に肌色が赤い。

 スプリンターのように引きしまった赤い両足で、ニセワルプルは今度こそ一目散に駆けだした。


「ぬぉぉぉッ!? 速いぞ、巨ルプル! よぉーし、待てぇーっ!」

「えっ、ちょ、テルマ!?」


 白衣の魔王係がせいよく走りだすのを見て、カデンも慌ててあとを追う。が、慌てるほどではないくらいすぐ横に並ぶ。


 千枝から聞いたとおり、パタパタ走るテルマは短足を差し引いてもかなりおそい。幸いゆるい下り坂だが、それは追われるほうも同じこと。先を行く紫玉とはみるみる距離がひらいていく。


(どうして『待て』では《王命》を使わないのよッ、この子はもう!)


 しかし、巨ルプルも重心が上にある状態で、中身はろくな視界もないまま走っている。

 ほどなくして姿勢を崩すと、そのまま足をもつれさせて転倒。球形と手をつけないことが災いし、余計に勢いづいて下り坂をころがり始めた。


「加速したぞ!?」

「加速というか、あれは……」


 カデンにとっては日課の朝のジョギング同然の速度で走りながら、あの球体がどこで止まるだろうかと道の先に目をこらす。


 と、下り坂の途中、ころがる巨ルプルのまっすぐ向かう先に、ピンク色の髪をゆらす小さな背中があった。


「あっ、あれって!?」

「来ましたわね」


 ゴロゴロところがる音とカデンの声も届いたか、黄色いハーフサイドアップのふさを揺らしてピンク髪が振り返る。コンビニで売っているスイートポテトを口にくわえながら、赤っぽい瞳はその瞬間まで不敵な笑みをたたえていた。紫の球体が瞳いっぱいに映りこむまで。


「え……え、ぇぇええええええええええええええええええええええええええ!?」


 ぱなえは死んだ。

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