12本目 でかぁぁぁぁいをキャンッッ……たまにはいいか 【Ad.17】

 ぱなえは死んだ。

 生前に立てていた作戦はこうだ。


 ブラックサンタの方針はどうやら各個撃破。つまり魔王部員が単独でいれば現れる。

 まず、ぱなえが脳内春らんまんギャル(このワードはぱなえの口から出た)であるかのごとき油断ぶりでひとり歩きをし、ブラックサンタをおびき出す。


 これを、隠れて見張っていた千枝が背後から不意打ち。

 そこで捕まえられればよし。だが逃がしても構わない。


 二度の強襲、誘拐ゆうかいなら実質三度、立てつづけに失敗したブラックサンタは焦り、態勢を立てなおすべく拠点きょてんに戻る。それを千枝とあらかじめ待ちかまえるソーメが連携れんけいして追跡すれば、ワルプルの居所がわかるかもしれない、というオトリ作戦だ。


 堅実けんじつに行くなら先にテルマを回収し、千枝が『勇者モード』を使えるようにしてのぞむべきではあった。しかし、まごついているあいだにブラックサンタが慎重しんちょうになってしまうかもしれない、ぱなえがオトリになる作戦は早ければ早いほど真実味のなさが混乱を助長する、だからいまが好機なのだとぱなえは強硬きょうこうに主張し、千枝とソーメのふたりを丸めこんだ。


 ぱなえの本当のねらい。それは、追跡の騒動に乗じて今度こそ千枝の無力化を成功させること。いささか力業ちからわざではあるものの、千枝とソーメを別行動にさせ、ブラックサンタに釘づけにすれば不可能ではないと見こんだ。


 結局、それらもすべて水の泡。


 ころがって突っこんできたものが自分の体より大きいワルプルだと、ぱなえは一瞬見ただけにもかかわらず認識できていた。魔王は封印の誓約せいやくにより、クジビキの障害排除のためなら魔力を行使できる。誓約がぱなえをクジビキの意志なしと見なした、これはそういうことなのだろうかと、ぱなえは不思議と冷静に考えながら、力いっぱい目をつむった。


「ぱなえ――――――っ!!」


 誰かの絶叫ぜっきょうを最後に、音が止まる。

 ぱなえは死んだ――そう、ぱなえ自身が断定した。


 なにも感じない。なにも聞こえない。死とはそういうものかもしれない、とぱなえは妙に納得していた。魔女がクリスマスに死ぬなんて、皮肉のようだし、ある意味おあつらえ向きのようでもあった。


「まったく」


 呆れる声。ええまったく、笑えますわよね、と同意しかけて、誰に? と思いとどまる。


 妙な感じだ。温かい風を感じる。暑いくらいだ。

 五感がある。体が残っている。


 思わず目をあければ、真っ黒だった視界が真っ白になった。

 強くまばゆい光。無理に目をこらせば、それは人のかたちをしている。


 ぱなえからは見あげるような長身。光をまとってより輝く白い肌。緑のジャンパースカートを着て、腕まくりをきちっとバンドでとめた小ぎれいな制服姿に、やけにすり切れた白いマフラー。


 サイドでまとめた長い髪は、炎のようにあざやかないろをしていた。


 髪の垂れていないほうの肩には、同じく燃え立つような赤に輝く巨大な刃物をかついでいる。

 片刃の大剣。というより、包丁のにギロチンの刃を長く伸ばして付けたようなしゅあふれる巨大ナイフだ。


 その得物は使わず、赤い髪の千枝はあいているほうの手を突き出して、手のひらで巨大なワルプルを止めていた。小さなボールをグローブで受けとめるみたいに。


「ぱなえ、だいじょうぶか?」

「ほえ?」


 夕日のような黄金色に輝く瞳を向けられて、ぱなえはようやく自分がアスファルトにへたりこんでいることに気がついた。いくら自分が小柄で千枝が長身といえど見あげすぎているとは感じていた。下半身に力が入らず、膝がふるえている。


(こ、このわたくしが、腰が抜け……っ!? どころか、下着が少し、生ぬるいような……)

「テルマッ!」


 千枝の怒鳴り声で、ぱなえもビクッとしてしまう。金色の視線はふたたび巨大ワルプルへ戻り、それが転がってきた坂の上のほうまで伸びていた。


「なんだこれはっ? どこから出したッ? 何円いくらした!?」

「はひぃぃっ、んもう走れへんよ、ママだっこぉ……」

「いたたたたっ!? ちょっと、抱きつかないで! 刺さる! 刺さるってば!」


 坂の上ではなぜか、魔王係のテルマがあくかんのカデンの腰にしなだれかかっている。テルマは息も絶え絶えでゆであがったような赤ら顔。千枝ほどでなくも上背のあるカデンのあごや頬には、テルマのツノの先が当たっている。


 そこから千枝のいるところまで、距離はなんとなく100メートル程度。魔王係が130メートル以内にいれば、勇者部員は『勇者モード』を発動できる。


 『勇者モード』――爆発的な身体能力の向上が、その機能のひとつ。

 自転車並みの速度で突っ込んできた巨大ワルプルは、直径も千枝の身長並だ。それを千枝は身構えもせず片手で止めた。


 やがて停止の衝撃しょうげきに耐えかねたかのように、紫の球体のほうが、みし、と音を立ててふたつに割れた。ひらいた半球の片側に詰まっていたのは、よく見知った緑髪の同級生。


「なっ!? おまえッ……」

「悪幹部!?」


 千枝とぱなえが同時に目を丸くする。誰が入っていたかだけではない。半球の中から「やあ」となごやかに手を振ってきた少女のいで立ちに、思わず息を飲んだ。


 どう染めているのか独特の緑色で、やたらにハネるクセッ毛とダブルのお団子ヘアは彼女のいつもどおり。なぜか二本だけ黒い触角じみたアホ毛も、校則違反のフープイヤリングもいつもどおり。まつ毛が美しく長いのも、白目が妙に黒っぽいのも、全身の肌がやけに赤いのもいつもどおり。


 ただ、その赤くて驚くほどスリムな手足とお腹まわりをしげもなくさらして着ているのは、緑色のチューブトップとホットパンツだった。ふち取りに白いファーがあり、グリーンではあるがサンタ系のコスチュームだと一応わかる。しかし、ほとんど水着のような布面積で、しかもどうやら腰のほうにサイズを合わせてしまったらしく、全身の細さに比して冗談みたいにたわわなバストが、いささか収まりきっていなかった。

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