8本目 いろいろキャンセルッ!! 【Ad.13】


「まあ眠らせただけですから、相当強いショックを受ければ起きますけど……朝までそうしていて風邪かぜを引いたらゴメンナサイですわね」


 聞こえるはずもない相手に事情を説明しながら、指先はスマホで別のメッセージを送っている。間を置かず返事が来たので二、三やり取りをして、指定した場所まで移動する。


 メッセージの送り先は、勇者部員・山口千枝。

 やることはひとつ。彼女の無力化、および完全排除はいじょだ。


 重要なのは、いま動いていて、かつ動ける勇者部員が千枝ひとりだということ。クリスマス・イヴでしかも休日。さらに校外にまで出た。不測の事態に救援が駆けつける可能性はゼロに等しい。


 つまり千枝さえ無力化してしまえば、魔王係は自由ということ。


 黒いサンタにワルプルを盗まれたなど、出まかせのでっちあげだ。


 本当はぱなえのカーディガンの。小さくする魔術を使い、びんの中に閉じこめた。


 魔王の誓約せいやくはこういう事態も想定されている。クジビキへの助力が困難な状態におちいると、ワルプルにかかる魔力の制限をゆるめて突破をうながそうとする。自力で小瓶をこじあけられるのもまた時間の問題だ。


 だが、ぱなえの目的は魔王の復活ではない。そんな煩悩ぼんのう丸出しのどんな大願を恥ずかしげもなくかかげるどこぞの外身ばかり育った中二病どもとは違う。クジを引く気はある。だがそれは、勇者の力の及ばない状態でなくてはならない。


 最後は結局賭けクジビキだ。だが勝率三分の一なら悪くなかった。誰にもクジを引かせず、千枝を排除したうえで魔王係になれればぱなえの勝ち。《王命》でいそがい流支ながしソーメ、ついでにノコノコ居合わせている駄肉女カデンやそのよくわからない相棒をも捕まえて意のままにあやつり、生けにえにする。魔王の全魔力を抽出ちゅうしゅつする儀式のために。


「……来ましたわね」


 人けのない十字路の角で、白い腕と膝を出して走ってくるサイドテールのノッポを見とめた。読みどおりひとりきりだ。しかも、ぱなえが無事なのを見て千枝は安心しきった顔をしている。


 ほとんど勝ったと、ぱなえはほくそ笑んだ。出会いがしらに勝負を決めるべく、そでぐちに引っこめた手の中で、ソーメにかけたのと同じ魔術の用意をする。


 千枝の顔が引きつったのは、その間合いの一歩前。


(ッ、バレた!?)


 ぱなえは心臓が止まりそうになる。死線にいることを不意に自覚する。

 しかし、この距離ならばと瞬時に意を決し、自ら宿敵ゆうしゃに向かって踏みこんだ。


「勇者部ッ、覚悟――」

「ぱなえッ、うしろだ!!」

「ほひ?」


 ぱなえは気づく。千枝が自分を見ていない。


 人けのない背後。しかしたちまちおぞけが来る。


 勢い余ってつんのめりかけながら振り向くと、すぐそこに〝黒〟があった。


 ふち取りの白いファーをひるがえし、とんがりポンチョのブラックサンタがそこにいる。




     ・🎄・




 同刻。


 ふたたび襲われ、今度はソーメが連れ去られたと連絡を受けたことで、やむをえず千枝がひとりでぱなえの救援に向かうこととなった。カデンは走るだけなら千枝以上に得意だが、テルマが信じられないほどおそい上にすぐバテる。


 テルマとふたりきりにする代わりに、千枝は腕章をカデンに預けていった。勇者部員名簿に登録のある千枝は腕章がなくても《王命》を受けつけないが、《却下キャンセル》の力は腕章さえあれば誰でも使える。テルマを信用して放置する手もあったが、千枝はカデンの身の安全を選んだ。


「こーくーはーくーしーろぉぉぉーッッ!」

「いーやーだってばぁぁぁーっっ!」


 カデンは電柱にしがみつき、テルマが腰をつかんで引っ張ってくるのに耐えつづけていた。通行人や犬や猫が奇異の目で見てくるが、一向にそれどころではない。腕章をしているので《王命》は効かないが、テルマもカデンに従兄いとこへ告白させたいと言って聞かない。


「なんでだー! クリスマスだぞー!? 9月半ばの産婦人科は人でいっぱいなんだぞー!?」

「落ちついて産めないじゃないっ! じゃなくてッ! 話がやくしすぎなのよぉ!」

「じゃーいつならいーんだよぉーっ!?」

「いつならって!? えぇ? だって……」


 カデンは急に声がすぼみ、考えこんでしまった。


 いつ、とはなんだろう。なにが、いつ、なのだろう。


 なにとはなしに、ケビンの顔が脳裏に浮かんでくる。気がつけば、カデンは彼の唇の動きばかり目で追っていた。つとめて目を合わせてただなんてウソばっかり。触れていいのなら、すぐにでも触れたい。でも、嫌われるのが怖くてじっとこらえていた。


「そりゃあ、いますぐっていうのはありえないけど……できれば早いうちがいいっていうか、本当は待ちきれないけど、でも、やっぱりちゃんと手順を踏みたいっていうか……」

「手順って?」

「て、手順は、手順よっ。いろいろちゃんと、決めてるんだから!」

「決めてるのか?」

「まぁ、うん……」


 いざ問いかえされると、歯切れが悪くなった。いつものクジビキをめぐって対決しているときのようには力が出てこない。こういう攻められ方はだいいち初めてだ。


 すべきことはわかっている。まず、彼と対等になること。彼だけでなく、ほこり高き父方の一族の一員として認められること。


 カデンが魔王の復活を望むのは、元々からそのためなのだ。封印解除に貢献こうけんしたくんで、魔王による征服後の世界において家族ごとし抱えてもらう。伯父おじ伯母おばたちはカデンをもう子ども扱いしないだろう。一族の英雄として、家系図に大きく名を刻む。


 ただ、成就じょうじゅするまでは理解されないだろうからと、カデンはこの野望をあくかんの相棒以外に話したことがなかった。加えて、異性の心をつかむための手段だと認識すると、なぜだか急に自信がなくなる。


 その動揺どうようをせめて悟らせはすまいと、カデンはとっさにうしろを振り向いて忌々いまいましい雪色頭と二本ヅノをにらみつけようとした。しかし、いつの間にかカデンの腰から手を離していたテルマは、フチなし眼鏡の向こうにちょっと見たことのない笑みを浮かべていた。


「そっかー。なら心配ないなっ!」

「……?」


 一瞬カデンにはなんのことかわからなかった。テルマが浮かべていたのは、祭りの出店をひとしきり回って納得した少年のような、ほこほことした笑みだ。ありがちな含みはなく、からかっている様子もない。ただ、カデンは自分がたじろぎすぎて無言になりかかっているのを悟り、つんと取りすまして「そ、そうよっ。《王命》の助けなんか必要ないわ」と適当に返しておいた。


(なに? 本当に、わたしとケビンをくっつけたいだけってこと? ……やだ、なにちょっと勇気づけられてるのよ、わたし。彼と対等になりたいなら、それこそテルマなんかに乗せられてる場合じゃないでしょ?)


「ほら。そろそろいいかげん動きましょ? ここでじっとしてても、ワルプル様は見つからな――」

「あっ、ワルプルいた!」

「うえっ!?」


 自分でも妙な声を出したものだとカデンは頭の片隅で呆れたが、それどころではなかった。

 一瞬にして意識がえわたり、テルマの指したほうへ鋭く目を光らせる。


 しかし、そこでまた固まった。


「ワル、ぷ……さま?」


 路地の奥の突き当たり。T字路にあるカーブミラーの前を、紫色の球体が横切っていく。

 七本の尾に、ネコのような三角の耳、頭頂部にびんの口がある丸底フラスコのような造形も知っていた。


 ただ、カーブミラーの柱のほとんどを隠している、その巨大さだけが理解できない。

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