8本目 いろいろキャンセルッ!! 【Ad.13】
「まあ眠らせただけですから、相当強いショックを受ければ起きますけど……朝までそうしていて
聞こえるはずもない相手に事情を説明しながら、指先はスマホで別のメッセージを送っている。間を置かず返事が来たので二、三やり取りをして、指定した場所まで移動する。
メッセージの送り先は、勇者部員・山口千枝。
やることはひとつ。彼女の無力化、および完全
重要なのは、いま動いていて、かつ動ける勇者部員が千枝ひとりだということ。クリスマス・イヴでしかも休日。さらに校外にまで出た。不測の事態に救援が駆けつける可能性はゼロに等しい。
つまり千枝さえ無力化してしまえば、魔王係は自由ということ。
黒いサンタにワルプルを盗まれたなど、出まかせのでっちあげだ。
本当はぱなえのカーディガンのポケットに入っている。小さくする魔術を使い、
魔王の
だが、ぱなえの目的は魔王の復活ではない。そんな
最後は結局
「……来ましたわね」
人けのない十字路の角で、白い腕と膝を出して走ってくるサイドテールのノッポを見とめた。読みどおりひとりきりだ。しかも、ぱなえが無事なのを見て千枝は安心しきった顔をしている。
ほとんど勝ったと、ぱなえはほくそ笑んだ。出会いがしらに勝負を決めるべく、
千枝の顔が引きつったのは、その間合いの一歩前。
(ッ、バレた!?)
ぱなえは心臓が止まりそうになる。死線にいることを不意に自覚する。
しかし、この距離ならばと瞬時に意を決し、自ら
「勇者部ッ、覚悟――」
「ぱなえッ、うしろだ!!」
「ほひ?」
ぱなえは気づく。千枝が自分を見ていない。
人けのない背後。しかしたちまち
勢い余ってつんのめりかけながら振り向くと、すぐそこに〝黒〟があった。
ふち取りの白いファーをひるがえし、とんがりポンチョのブラックサンタがそこにいる。
・🎄・
同刻。
ふたたび襲われ、今度はソーメが連れ去られたと連絡を受けたことで、やむをえず千枝がひとりでぱなえの救援に向かうこととなった。カデンは走るだけなら千枝以上に得意だが、テルマが信じられないほど
テルマとふたりきりにする代わりに、千枝は腕章をカデンに預けていった。勇者部員名簿に登録のある千枝は腕章がなくても《王命》を受けつけないが、《
「こーくーはーくーしーろぉぉぉーッッ!」
「いーやーだってばぁぁぁーっっ!」
カデンは電柱にしがみつき、テルマが腰をつかんで引っ張ってくるのに耐えつづけていた。通行人や犬や猫が奇異の目で見てくるが、一向にそれどころではない。腕章をしているので《王命》は効かないが、テルマもカデンに
「なんでだー! クリスマスだぞー!? 9月半ばの産婦人科は人でいっぱいなんだぞー!?」
「落ちついて産めないじゃないっ! じゃなくてッ! 話が
「じゃーいつならいーんだよぉーっ!?」
「いつならって!? えぇ? だって……」
カデンは急に声がすぼみ、考えこんでしまった。
いつ、とはなんだろう。なにが、いつ、なのだろう。
なにとはなしに、ケビンの顔が脳裏に浮かんでくる。気がつけば、カデンは彼の唇の動きばかり目で追っていた。つとめて目を合わせてただなんてウソばっかり。触れていいのなら、すぐにでも触れたい。でも、嫌われるのが怖くてじっとこらえていた。
「そりゃあ、いますぐっていうのはありえないけど……できれば早いうちがいいっていうか、本当は待ちきれないけど、でも、やっぱりちゃんと手順を踏みたいっていうか……」
「手順って?」
「て、手順は、手順よっ。いろいろちゃんと、決めてるんだから!」
「決めてるのか?」
「まぁ、うん……」
いざ問いかえされると、歯切れが悪くなった。いつものクジビキをめぐって対決しているときのようには力が出てこない。こういう攻められ方はだいいち初めてだ。
すべきことはわかっている。まず、彼と対等になること。彼だけでなく、
カデンが魔王の復活を望むのは、元々からそのためなのだ。封印解除に
ただ、
その
「そっかー。なら心配ないなっ!」
「……?」
一瞬カデンにはなんのことかわからなかった。テルマが浮かべていたのは、祭りの出店をひとしきり回って納得した少年のような、ほこほことした笑みだ。ありがちな含みはなく、からかっている様子もない。ただ、カデンは自分がたじろぎすぎて無言になりかかっているのを悟り、つんと取りすまして「そ、そうよっ。《王命》の助けなんか必要ないわ」と適当に返しておいた。
(なに? 本当に、わたしとケビンをくっつけたいだけってこと? ……やだ、なにちょっと勇気づけられてるのよ、わたし。彼と対等になりたいなら、それこそテルマなんかに乗せられてる場合じゃないでしょ?)
「ほら。そろそろいいかげん動きましょ? ここでじっとしてても、ワルプル様は見つからな――」
「あっ、ワルプルいた!」
「うえっ!?」
自分でも妙な声を出したものだとカデンは頭の片隅で呆れたが、それどころではなかった。
一瞬にして意識が
しかし、そこでまた固まった。
「ワル、ぷ……さま?」
路地の奥の突き当たり。T字路にあるカーブミラーの前を、紫色の球体が横切っていく。
七本の尾に、ネコのような三角の耳、頭頂部に
ただ、カーブミラーの柱のほとんどを隠している、その巨大さだけが理解できない。
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