7本目 野望はキャンセルッ! 【Ad.12】


 ぱなえには野望がある。生まれである魔術師一族の悲願でもある。


 それすなわち、魔王ワルプルギルスの力を手にすること。


 もちろん、一族の者以外には秘密だ。魔王部はおろか、生徒会にも学校全体にもぱなえの素性を知る者はいない。


 とはいえ、魔王の復活を望んでいるのではない。あくまで魔王の力のみを手中に収めたい。そのためにはむしろ、封印は維持されるほうが好都合。

 必要なのは、まず魔王係になること。そのチャンス自体は、クジビキという不確実な手段をつつも十分にある。しかしそれで得られるのは、魔王の力のまだほんの一部だ。


 《王命》など氷山の一角に過ぎない。すべてを引き出すためには、追加の儀式と相応の生けにえがいる。

 そこで一番邪魔になるもの。ただでさえ心もとない魔王係という足がかりをも押さえつけるモノら――しん封印術師の力を受け継ぐ、赤き腕章わんしょうの〝勇者〟たち。


「ブラック・サンタとはな、しかし」


 カデンの自宅を出て、玄関先で足をとめたとき、まずソーメが口をひらいて肩をすくめた。

 いったん招き入れられて落ち着いたぱなえもそばにいる。そのぱなえの口からワルプル強奪の詳細を聞き、一刻も早く探しに行くべきということで満場一致したのだ。テルマたち四人が予定に遅れそうだから道案内をするというていで、ドレスにショールを羽織はおったカデンもいっしょに出てきていた。


「まだサンタとは決まってないんでしょ?」と、そのカデンが不機嫌気味に口を出す。

「どっちでもいいだろ。黒づくめの中身、本当に悪幹部そっちのタマじゃねぇんだな?」

「しつこい。確かにあの子のことはわたしも予測つかないけど、今日はやらないって伝えたとき、素直にうなずいたもの」

「どーだか。そんなら家でおとなしくイケメン従兄いとことでかいターキーにデレデレしてろよ? てめーがワルプル見つけたって、かすめ取り一択じゃねえか」

「それはこっちの勝手だもの。むしろ、あなたたちに大事なワルプル様をこれ以上預けておけない理由が増えたわ」

「ンだとコラ?」

「まあまあ!」


 慌てて割って入ったのは千枝だ。長身を活かしてふたりの視線を同時にさえぎりつつ、ぎこちない愛想笑いを双方に向ける。


「手がかりがまったくない以上、人手はあったほうがいい。監視も兼ねられるという意味では、ざわもいっしょに来てもらうほうが安心だし。とにかくワルプルが見つかるまでは、引きつづき休戦ということで。な?」

「へいへい、我らが勇者サマ」

「フンッ」

「じゃ、じゃあ、まずは二手に分かれようっ。とりあえず、わたしはテル――」

「わたくしが千枝さんと参りますわっ!」


 ぱなえは待ちわびたタイミングで手をあげた。千枝は自分よりずっと小さな体から飛び出た声の大きさに固まってしまう。ぱなえはそれを追い風と見た。


「わたくしは犯人の見かけを知っています! はっきりとは見られなかったと言いましたが、もう一度見ればわかるくらいの自信はありますわ! 見つけたときそく動ける千枝さんといっしょにいるのが理に適って――」

「だだッ、ダメだ、ぱなえっ!」

「はぇ?」


 固まっていたはずの千枝が、突然火がついたようにぱなえを制止した。目の前にいるぱなえの両肩をわざわざつかむ。目の奥に使命感のようなものを光らせている。


「わたしは魔王係を見ていないわけにはいかない。勇者部だからだ。それに、いざというとき悪幹部の歌舞喜沢を止めるには、やっぱり《王命》が確実だと思う。だからわたしとテルマと歌舞喜沢でセットだ」

「カデンママに《王命》使っていいのか!?」

「ちょっと」


 それまでほけーっと会話をながめていたテルマに急にスイッチが入る。ウソのようにキラキラしはじめたこはく色アンバーに、肩を抱いたカデンと腕章を引っ張る千枝がいっしょにとげとげしい視線を返す。


「要は、無能ふたりで余りものペアってこったな」


 話の腰が折れかけたのを、ソーメが颯爽さっそうと拾いあげた。少々さわやかすぎたらしく、今度はぱなえがジトっとした視線をそちらへ送る。一向にキラキラの切れないテルマと違い、ソーメはすぐさま「冗談だよ」と肩をすくめた。


「ぱなえも結局クジ引けてねーんだろ? ウチらがワルプル見つけたとき、まとめて二本引ければカタが付く確率あがんだろ」

「そういうことだ」と千枝。「なるべく、ふたりだけで無理はしないでほしいが……」

「わーぁってるよ。無能のパンピーなのは事実マジだからな」


 ソーメは頭のうしろで手を組んでこともなげに言ってのける。ぱなえとしてはまだ聞き捨てならなかったが、そんな場合ではないとこらえて押し黙る。


 ぱなえの見立てでは、押しに弱い千枝とこの時点でふたりきりになれる望みは十分にあったのだが、勇者部員としての責任感がからむと話が変わるらしい。力押しが通るとも思っていただけに、ぱなえは自分の詰めの甘さをみしめるはめになった。





 ――がしかし、

 そうして千枝たちと別れて、わずか十分後。





 路地裏から出てひとり、冷えた手をこすりながら、ぱなえはつぶやいた。


「……まあまあ手間取りましたわね」


 背後のゴミ回収ボックスをチラリと振り返る。その向こうに、ふたつ並んだスニーカーの裏側が、ほんの少し影からはみだしているのが見えた。

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