6本目 人としてキャンセルッ!【Ad.11】

 ひとまず――というか、最善だ。


 背に腹は代えられないまま、カデンは魔王部・勇者部の三人を家族への挨拶あいさつだけ済まさせて自室へ招き入れた。普段からきれいにしておいてよかった、などと胸をなでおろすところではない。むしろたったいま汚されている気分だ。


「ベッドデカァァァァァい! 三人でできるぞ! なにを!?」

「ハラへった。なんかねーの?」

「おぉぉ、高そうな化粧台……」

「触らないで座らないで探さないでなにもしないで息もしないでッッッッ!!」

「カデン、ちょっといい?」

「ハイィィィッ、ケビぃン!? なにかしらァ!?」


 遠慮のえの字も感じられない三人組をカデンが怒鳴りつけたいんが消えるか消えないかのところで、閉めたばかりの扉にすき間があいて従兄いとこが青い目をのぞかせた。ちょうどそこを背にしていたカデンは残像を残す速度で振り返り、あくまでうれしくてテンションがあがっているように見せる。幸いケビンの苦笑は好意的だった。


「はしゃいでるね。叔母おばさんが、せっかくだから部屋で友だちとだけのミニディナーにしては? って言ってるよ」

「だだだだめぇぇッ!? じゃなくてッ、ダイジョーブよ! プレゼント交換に来てくれただけなの! みんなこのあとは予定あるみたい!」

「そうなのかい? じゃあ、ターキーを持って帰れるように切り分けてって、叔母さんに伝えてくるよ」

「まあっ、ケビン! やさしいのね!」


 汗だくの顔の上に笑顔をりつけつつ、従兄が消えるのを待ってからすばやく扉を閉めた。それでようやくまともに息をついたが、同時にほんのりと胸があたたかくなる。従兄は顔がよくて話しやすいだけでなく、気づかいまで美男子だ。彼と手をつなぎたいな。そうしてふたりで、ともに魔王様へかしずけたなら……妄想もうそうがふくらみ、こわばりっぱなしだった頬がゆるむ。


「夢中ですなあ」

「そ、そんなことないわっ。ほかのお従兄にい様たちと同じよ」

「またまたぁ。もう告っちゃおうぜ?」

「やだ、早すぎるわ。わたしなんてまだ子どもあつか――」

「《王命》である」

「へっ?」


 誰ともわからないまま夢見心地で受け答えしていたカデンは、ようやくハッとしてうしろを振り向いた。

 フチなしレンズの向こうでこはく色アンバーが熱っぽく揺れている。その新雪のように真っ白な頭の上でねじれた二本ヅノが妖しく光りはじめるのを見た瞬間、同じ色の閃光せんこうがカデンの目の奥でまたたいた。


「ケビンに告白だ、カデン。あわよくば襲っちゃえ」

「あ、あ……け、ケビンに、告白……ぎょに、マイ・ロー――」

「《却下キャンセル》ッ!」


 目の奥の光がフッと消える。

 我に返った瞬間、自分がなにをつぶやいていたのか思い出して、カデンは蒸気じょうきを噴きそうなほど全身が熱くなった。

 目の前では光の消えたツノを振りかざし、魔王係のテルマが腕章わんしょうに手をそえた千枝に食ってかかっている。


「なんでだー! クリスマスだぞー!?」

「関係あるかっ! 当人もまだ早いって言ってるだろう!」

「そんなことないぞっ! 見ろッ、一年前までジェィシーだったとは思えない、この育ちきったムチムチを! こんなママが欲しい!」

「ただのテルマの趣味じゃないかっ!」

「うがーん! つまらーん! ソーメもなんか言えーッ!」

「告らせるくらいで《却下キャンセル》されるんじゃ魔王部にいるうまみがねー」

「なっ!?」

「かどうかはさておき、部員以外への《王命》は一日三回、ひとりの人間に一回までだ。いまあくかんに使っちまうのはあぶねーだろ?」

「あ、あなたたち、クジビキ終わってないの……?」


 ひどく非人道的なことをされかけたし言われた気もするが脳の処理が追いつかなくなっていたカデンは、まったく別件だけにクジビキの話がピンと来て率直にあきれ返った。ぼかしたつもりだったらしいソーメがしぶい顔をする。


「ぱなえは引いたと思うけどな、テルマのツノが消えてねーから、ハズしたんだろ。連絡もねーけど。まぁおもしれーモンは見れたし、本場仕込みのターキーもゲットできるし、そろそろ戻ろうぜ?」

「ま、待ちなさいッ。それを聞いたら、今度は帰すわけに――」

「なら告らせる」

「ウグッ……!」

「元々休戦なんだろ? 聞かなかったことにすりゃいいじゃねーか。よいお年をってな」

「テルマちゃんは帰らんぞぉ! カデンとケビンの子になるんじゃいっ!」

「だとよ」

「持ち帰ってくださいお願いします」

「へいへい」

「やぁーだぁー!」


 テルマがこぶしを振りあげだんし始めたそのとき、カデンの背後でまた扉がノックされた。カデンが目をしばたいて作った声で返事をすれば、すき間があいてふたたび例の従兄が顔をのぞかせる。なぜか少し困っている様子で。


「カディ。玄関にお友だちが、もうひとり来たみたいなんだけど……」

「えっ?」


 まごついているカデンに、ケビンはインターホンにもつながっている電話の子機をさし出してきた。


 カデンは今度こそタマだろうと思いつつ、受け取った子機を耳に当てる。しかし聞こえてきたのは、幼い子供のような小さなせきと、「ぱなえですわ」というかすれ声。


「ぱ、ぱなえっ? どうしたの? ずいぶん息があがってるようだけれど……」

「悪幹部……そこに、千枝さんたちがいますわね?」


 走ってきたというのはわかる。ただそれ以前から張り詰めていたような声。その上でなにかに急き立てられ、小さな自分の身もかえりみず走りつづけてきたと思しき荒い息。


 ようやく立ち止まってどうしずめる機を得たにもかかわらず、ぱなえはあくまで通る声をしぼり出して告げた。


「ワルプルを、られましたわ……ッ!」

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