5本目 クリパをキャンセルッ!(泣) 【Ad.10】


 あくかん現部長、ざわカデンはクリスマスが好きだ。


 父親の母国の子供たちはみんな好きではあるだろう。ただ、カデンの場合は父方本家と交流の機会を得られるのが理由だ。〝クリスマスは家族と〟が基本の文化けんだけに、一族で顔を見せあおうという流れが自然にできる。カデンも両親とともにクリスマスを海の向こうで過ごしたことが何度もある。


 今年は一族のパーティーにはリモート参加だった。しかし、伯父おじの一家が日本を訪ね、イヴの夜はとまりがけで遊びに来てくれていた。気のいい年上の従兄姉いとこたちに囲まれながら、カデンはずっと夢見心地で自宅のダイニングとリビングを行ったり来たりしていた。


(あぁーっ、ありがとう伯父様っ! クリスマスはこうでないと!)


 カデンは十代では一族の最年少だ。また伯父にひとけたの子供はいない。


 今日のためにおろしたちょっぴり大人びたドレスの装いを、うるわしの従兄姉たちはみんなカワイイと日本語でほめてくれた。いつもの三割増し丁寧に念入りにカールさせたハチミツ色のツインテールもカワイイカワイイ。さすがにはずそうと思ったものの結局お守り代わりにつけてしまった、頭の白い巻きツノ飾りもカワイイカワイイ。ほかに日本語を知らないのかというくらいカワイイを連呼されていたが、カデンは気にするどころか顔も頭もふやふやにとろけきっていた。


(休戦にしておいて正解よ。今日がクジビキの日だと気づいたときは一瞬迷ったけど、やっぱりクリスマスだもの! 許してワルプル様! あくかんに栄光あれ!)


 魔王部には特にことわりを入れる義理もなかったが、いそがいからのメッセージには秒で返しておいた。あれからもう三十分は立つ。当然クジビキは終わっているだろう。


 ねんは相棒のタマのこと。カデンの都合で休戦するおびにパーティーに遊びに来ていいとは言っておいたが、今日になっておとがない。ひとりでいどむようなことはしていないと思いたかったが、カデンにもタマの行動は予測がつかないことがあった。


(念のため連絡してみようかしら。ただあの子、スマホ不携帯がちなのよね……)


 タマは外見も少し個性的だが、その方面でも自信家なカデンが認める美人だ。持ち前のアクティブさも相まって、街に遊びに出ていないとも限らない。それはそれで心配なので、やはり連絡を入れてみようと、玄関に移動したカデンがスマホを取り出したところでインターホンが鳴った。


「おや、カディ?」


 ダイニングから、カデンと似た金髪の青年が顔をのぞかせる。

 従兄いとこたちで一番歳の近いケビンだ。会うのは今年が初めてだったが、日本語がうまい上に不思議と話しやすい。カデンの両目が左右で違う緑と紫なのをほめてくれたのも、今日は彼が一番乗りだった。カデンは顔が熱くなるのを感じながら、変に思われないよう笑顔で目を合わせる。


「ちょうどよかった、カディ。悪いけど、出てくれる? 叔母おばさんたち、いま手が離せないみたいで」

「ええ、出るわ、ケビン。もしかしたら友だちかも」


 戻っていくケビンを手を振って見送る。ハラハラして心臓がドキドキしているのにとても気持ちがいい。それってもしかして、そういうことなの、カデン!? きゃーっ! と心の中でひとりはしゃいでみたりして、ほわほわと高揚こうようしたままろうにある受話器のスイッチを入れた。


「タマ、遅いわよ? もうすぐディナーの用意が――」

「あ!? おったど!」

「ほら。やっぱり実家じゃないか」


 ほわほわ雲を突き抜ける。とがった岩山に落ちて背中から心臓まで突き刺さる。


 突如とつじょ脳裏をよぎったあまりに克明こくめいなビジョンにカデンは完全に停止してしまい、インターホンを切りそびれた。ドアカメラの映像には無駄に見慣れた三人の同級生が並んで映っている。魔人のツノを生やした白くてバカっぽいのと、いつもだるそうな淡い紫と、赤い腕章をした二の腕までシャツをまくっている季節感のないノッポ。


「いぇーい、カデンーっ! 魔王がメリクリに来たぞぉ! 観念しろぉ!」

さみーんだよ。早く入れろ」

「いるかどうか確かめに来ただけじゃなかったか……?」

「あ、あなたたちッ!? いいいいったいなにしに来たのよ!?」


 いまさら居留守を使うわけにもいかず、カデンは意を決して受話器にかじりついた。玄関側にモニターはないが、ノッポの千枝だけは声色でカデンの様子を察したらしく申しわけなさそうな苦笑いを浮かべている。となりの低身長ふたりはぜんとしてあけろ入れろと騒いでいるが。


(入れるわけないでしょ!? なに考えてるのよ、よりにもよってこんな日に!)

「どうしたんだい、カディ?」


 受話器のスピーカー以外から声がして、カデンは息が止まりそうになった。


 振り向けばすぐそばに、いつのまにか一番歳の近い金髪の従兄いとこが立っていた。「男の声がするぞ!」と野次やじの噴きだしかけたスピーカーこそカデンはとっさにふさいだが、動いた拍子ひょうしにモニター側が丸見えになってしまう。ケビンは青い目をふしぎそうに白黒させはじめた。


「三人も来たのかい、カディ? それでもめてるの?」

「え、ええ。ちょっと多すぎて無神経よね?」

「いや、構わないと思うよ? 心配なら、ボクから叔父おじさんたちに話してあげるよ」

「ふぇっ!? あっ、ちょ、ケビ――」


 うろたえるカデンに「人気者は大変だね」とウインクを残し、ハンサムな従兄いとこれいにリビングへ戻っていった。


 モニターでは反応がないので退屈たいくつになったのか、魔王係のテルマがカメラに向かって変顔大会を始めている。パーカーが薄くて寒がっているソーメは元より、お目付け役のはずの勇者部員・千枝も帰ろうとまでうながしている気配はない。


 立ちつくして真っ白になったカデンの脳裏を、背中から岩山へ突き刺さっているビジョンがふたたびぎる。今度はその首と手足に鉄球付きの鎖が巻かれていて、もがいてもなにもしていなくても、体はより深く刺さりこんでいくのだった。

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