4本目 クジビキをキャンセルッ!? 【Ad.9】


 ――クジビキ開始から、十分。




 頭の穴に三本のしっぽをしたワルプルを教卓きょうたくに乗せ、千枝と魔王部員たちはその周りへ寄り集まって周囲をけいかいしていた。ソーメがスマホをひらいて時間を確認する。


「あと三分か。毎度この時間がめんどくせぇ」


 十三分間、ワルプルに挿したクジはいったん放置する必要がある。それより早く抜いたクジは無効でやり直しだ。


「とはいえ、現れないな」と千枝。

「油断してはいけませんわ」とぱなえ。「意外とやりますわよ、あのふたり」

「そりゃぁわかってっけど、気配のけの字もねーしな」ソーメは少し首をかしげた。


 四人が警戒しているのは、魔王復活を熱望している『あくかん』たちの襲撃しゅうげきだ。


 現在一年生のみのたったの二名ではあるが、毎度クジビキを妨害ぼうがいしに現れては魔王部と勇者部の双方にきもを冷やさせている。片や狡猾こうかつな才女、片や予測不能のトリックスターと、厄介やっかいなふたり組なのだ。今日は防衛側の人数も少なく、絶好の機会でもあるはずだった。


「実はあのふたり、予定あったりして」

「よしっ。聞いてみるか」


 ぼそりとつぶやいたソーメの前で、テルマがスマホを取り出し操作を始めた。魔王部のふたりがぜんとする中、「なんで連絡先知ってるんだ?」とたずねられたのは勇者部の千枝だけだ。


「おっ、来た」


 ほとんどノータイムで返信が来たらしく、ワルプル以外の全員でスマホの画面をのぞきこむ。テルマの変顔アイコンが『クジビキだがぜよ!!!??』と叫んでいるすぐ下に、白い巻きヅノのアイコンから『どこのなまり?』と来たほかにもう一通。




『今日は予定があるから休戦よ。メリー・クリスマス!』




「ぐああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


 テルマが断末魔の叫びをあげた。顔を寄せ合っていたほか三人が、耳を押さえて顔をしかめる。


「ウソだぁぁ! テルマちゃんは信じないぞいッ!」

「じゃあ聞いた意味ねえだろポンコツメガネ」

「いまさらバレバレのウソで陽動ようどうしてもメリットありませんわ」

「すべてを憎んでいるという設定を中学から引きずって引っこみがつかなくなってるオンナにカレシなんかいるはずなぁぁぁい!」

「いんだろ、そのクラスなら、脳内に」

「ひどい認知だな……」


 やいやい口論するテルマたちをながめ、千枝が気おくれ気味に声を上ずらせる。


 実際、クジビキの完成まで残り一分を切っている。ぱなえも言うように、このタイミングまで放置してわざわざ油断させる理由がわからない。それも積極的にでなく聞かれてやっとのこと。教卓の上のワルプルも退屈たいくつそうだ。


 が、白い頭に生える二本ヅノがブンブンれ始めるのを見て、嫌な予感がしたのはおそらく千枝だけではなかっただろう。


「うがーん! 上等だぁ! のぞいてきてやるぅーッ!」

「あっ、ちょ、おい! テルマ!?」


 千枝はとっさにツノをつかもうとしたがすり抜けられた。脱兎だっとの勢いで白い背中がろうへ飛び出していく。


「あーあー、このタイミングでかよ」

「まさか、これが悪幹部の作戦か?」

「これが予想ついたらエスパーだろ。めんどくせ」


 言い合いつつソーメと千枝のふたりも走りだす。取り残されたぱなえが「は!?」と悲鳴じみた声をあげて青ざめた。


「ちょ、ちょっと! クジビキはどうするんですの!?」

「預ける。自分のぶん引いとけっ」


 廊下で振り向いたソーメから返事。そのままその紫のおかっぱ頭も、黒いサイドテールと赤い腕章もやみに消える。


 遠ざかっていく三つの足音を聞きながら、ぱなえは泡を食って放心していた。しばらくたってようやく「まかせるって……」と口をついてこぼしたとき、そばにいる球体が「チィーン!」と叫び、「オイ、時間だぞ?」と声をかけてくる。


「オラ、どうした? さっさと引きやがれ」


 反応のない参加者の横顔を、ワルプルがじれたように急かす。

 しかし、いつもあどけない顔ですましている彼女がゆっくりと振り向いたとき、魔王の化身でさえも、思わず呼吸が冷えるのを感じた。


「すばらしい夜ですわ」


 ウソのようなおだやかさで、ぱなえが言った。小さく愛らしい鼻の下に、三日月形の笑みがほころぶ。


「ああ?」対してワルプルは目をつりあげる――と見せかけて、こちらも小さな口で器用にニヤリと笑んだ。


「なぁにたくらんでんだ、ぱなえ?」

「企む? フフフ……」


 さも心外とばかりに小首をかしげても、ぱなえの口から笑みは消えない。


「企むもなにも、向こうから転がりこんできたのですわ。日頃のおこないかしら」

「ケッ。クリプレでよろこぶタマかよ、魔女の末裔まつえいが」


 正体を言葉にされるのを聞いて、小さな魔術師の笑みはすごみを増したようだった。元々赤っぽいひとみが、窓から差しこむ月明かりでより明るく、あざやかさに色づく。


「言っとくが、手伝えねぇぜ? 誓約せいやくがあるからな」

「黙っていることくらいできるでしょう? クジビキがさきばしになればなるほど、あなたにも復活のチャンスが」

「おっと。いまなにか言ったか、のぱなえチャン?」

「ウフフ……」


 12月24日、午後5時半。

 聖なる夜の訪れを、魔女と魔王が祝いあう。




 そのふたりがいる教室の外に、話を聞いている者がいた。




 窓の外にあるベランダのさらに外。闇にまぎれる濃色のマントに身を包み、へりに手をかけてぶらさがっている。

 そこへ不意に強い風が吹き、ぶかにかぶっていたフードをはずさせた。


 現れたのは月明かりに映える緑の髪。長い襟足えりあしを残したダブルのお団子を間一髪かんいっぱつ、手すりより下に引っこめ、冷や汗をかきつつもニヤリとほほ笑む。


「クク。ボクも好都合……」


 薄笑みを浮かべたその顔はふしぎに赤い。紅潮こうちょうする以前のほおも首すじも、マントから出て手すりへ伸びる細腕も、燃えたつ砂漠のように赤い肌色をしている。


 風が収まるのを待ち、彼女はもう一度体を引きあげ、ベランダのふちから頭の上半分だけ出して教室を見た。白目の部分が妙に黒っぽい、どちらかと言えば爬虫類はちゅうるいじみた両目がやはり嬉々ききとして細まる。


 そのまま壁から手を離し、赤肌の少女、あくかんのタマは闇に消えた。

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