12月24日

3本目 ロウソクはキャンドルッ!(英語) 【Ad.8】

 説明させてくださいね~?


 ここ鹿はら大学ぞく高等学校、略してカノコーのしきには、『魔王』と呼ばれる怪物、ワルプルギルスが封印されています~。


 しかし、封印されてなお魔王の魔力は増大をつづけていて、十三日以上放置すると封印が中から破られてしまうと言われています~。


 そこで、ここカノコーでは希望者をつのり、魔王の魔力を外へ出させて奪い取る儀式を、十三日ごとにおこなっています~。早い話が、これをおこなわないと魔王が復活してしまうんですね~?


 魔力の器になれる人間はひとりだけですが、希望者全員に平等にチャンスがあるようクジを引く形式を取っています~。今度はその〝クジビキ〟の手順について、お話ししていきますね~?




     ・🎄・




 暗がりの中、部員共有のタブレットをソーメはながめている。画面の中では長い黒髪に肌も浅黒い、片眼鏡をかけた風変わりな若い女性が、魔王部の役割と仕組みについて解説している。


「なにしてるんですの?」


 と、たずねてきたのは、わざわざ並べたロウソクの明かりを頼りに部室の床へほうじんを描いていたぱなえだ。

 羊毛のようなピンク髪とイエローメッシュのツーサイドアップをソーメの顔に近づけて、タブレットのほうをのぞきこんでくる。体が小さいので邪魔ではないが遠慮もない。画面に映っている黒肌に片眼鏡の女性教諭きょうゆ、魔王部もんしょ区将くしょうホタテを見て、ぱなえは露骨にいぶかしむ顔をした。


「魔王部の紹介動画?」

「撮れたて。来年度の新入生用な。部員確保できねーと世界が終わるし」

「そのチェックをいま? マジメですわねー」


 ぱなえは今度は心底感心したような溜め息をつく。同じ仕草しぐさを他人がしても小馬鹿にしたようにしか見えないだろうが、小動物じみたあどけない顔立ちでそうすれば、与える印象は裏のない純真さだ。ソーメはまどわされないよう、つとめて眉をひそめておく。


「実際今日だってギリ三人じゃねーか。一年ばっかだし。なんならウチも弟がクラスのクリスマス会じゃなきゃ、家で弟吸ってたっての」

「吸うとか言うな」


 横から、というより頭ひとつ高いナナメ上から低い声で釘を刺したのは、生徒会の腕章をしている千枝だ。


 十二月もたけなわで日も沈む頃というのに、千枝は今日もシャツにジャンパースカートだけの合服姿で腕まくりをしている。見ているほうが寒くなるとソーメはことあるごとに言いたかったが、勇者部側も案の定予定のある人間だらけで千枝が来るしかなかった事情も聞いていた。


「最悪千枝さんがクジを引いてくれますって」

「だから、勇者部は補欠人員じゃないぞ?」


 遠慮がないのはぱなえだけで十分というのもある。


 『勇者部』は部活動ではなく、生徒会のいわば出先機関にあたる。

 業務は端的に、魔王部の監督・監視。特に魔王係による《王命》の濫用らんようあやぶんで設置されている。


 重要なのは、赤い腕章。それをつけて《却下キャンセル》と唱えれば、《王命》を一方的に取り消すことができる。


 勇者部が気にかけるのは、魔王部が部外に被害を出すことだけではない。魔王部内のあつれきやトラウマなどによる魔王部離れが発生し、クジビキの参加者がいなくなる事態を未然に防ぐ必要もあった。


「その勇者部員様が、クジビキの日にたったひとり。本当に補欠に使えませんわね」


 と、ぱなえは肩をすくめて憎まれ口をたたく。「勧誘動画の中のもんの先生すらいませんし。みんな世界の平和よりクリスマスですか」

「ホッちゃんはいいだろ。成人してんだから参加できねーし」

「でもめずらしいな、諸区将しょくしょう先生がいないの」

「カレシでもできたんじゃね?」

「あれにですの?」

「考えづれーけど、まぁ身を固めてくれたほうがウチらは助かるしな」

「希望的観測ですのね」

「さすがに失礼すぎないか……?」


 物言いに遠慮と容赦ようしゃのない紫髪とピンク髪をながめて千枝は顔を引きつらせる。


 とはいえそのふたりが話していたとおり、前々から憂慮ゆうりょしていた本日12月24日の魔王部の不人気ぶりのほうは、見るも無残もいいところだ。できれば集まっている人間同士だけは穏便おんびんなまま、迅速じんそくに事を進めるべきなのは誰の目にも明らかだった。


「ぶワーッハッハッハッ! クリスマスの負けイヌどもめぇぇッ!」

「ニャーッハハハハハッ! 孤独のうちに死ぬザコどもめぇぇッ!」


 ぱなえの描いた魔法陣のそばでは、二本ヅノを生やしているテルマと、紫色の球体が飛びはねている。


 球体の前面には、感じの悪いふたつの目ととがった歯の並ぶ口があった。ただの突起のような短い足が下に四本。小さなツノと三角形の猫っぽい耳が上にふたつずつ。頭頂部にはせんのはまったフラスコのような口があり、背中には一対のちんまりした羽根がある。そしてウネウネ動くひょろ長いしっぽが全七本。


 そのなぞの球状生命体は、テルマといっしょになって肉球のついた前足でソーメたちを指さし、なにやら勝ちほこっていた。声は人間の男のように低く、しわがれていてかわいくない。


「このクソさみーのに元気なこった、あの二匹は」

「ワルプルはともかく、テルマは自分に刺さらないのか?」

卑小ひしょうな価値観ですわねぇ、魔王のしんともあろう者が」

「なにをーッ、ぱなえッ! キサマ! このワシに向かってぇー!」

「そうだーッ、やっちまえ! ワルプルぅー!」


 テルマがはやし立て、ワルプルと呼ばれた生命体がひときわ高くびあがる。その瞬間、頭のせんがキュポンと抜けた。予期していなかったらしき球体の口から「あ」と声が出る。


日没にちぼつだ」


 千枝が口をひらくのに合わせ、ぱなえもソーメも魔法陣の中に足を踏み入れる。むすっと不満げな顔をしたワルプルもすごすごと陣の中央に動き、魔王部の三人がそれを囲む。


 この魔王部のマスコット、ワルプルは魔王の化身にして、クジビキの重要アイテムだ。


 特に力こそないが、化身なので人格は魔王そのものである。封印の外で自由にしていることになるが、魔法の誓約せいやくによってクジビキの妨害ぼうがい禁止、さらには協力を義務づけられてもいる。


 クジビキがおこなえるのは、最後のしきから十三日後の日没後、日付が変わるまで。

 ワルプルの頭の栓が抜け、参加者はそこにワルプルから引き抜いたしてにする。ふたたびしっぽを抜いたとき、先が白ならハズレクジ。アタリの黒はひとつだけ。


 魔王の力を望む者らに、差し出すように化身は七つのしっぽをピンと立てる。

 テルマ、ソーメ、ぱなえの三人は、そこからひとつ選んで同時に引き抜いた。

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