2本目 暴君はキャンセルッ! 【Ad.7】


『ホワイトチョコチップメロンクリームパンを十個買ってこい』


 《王命》として放たれたその言葉は、ソーメの中で反響をくり返していった。やまびこのようにしぼんでもいかず、むしろくり返すたび大きくなる。

 いつも眠たげな半眼気味が見ひらかれていた。


 映りこむのは、濃い青紫に発光する二本のねじれヅノ。声による意識の侵食を示すように、ソーメの目の奥も同じ光を宿しだす。


 雷に打たれたように背すじをピンと張ったあと、ソーメはがくりとうなだれた。やがてふたたび持ちあがったその顔は、目に宿る不自然な光以外、生気のない作りモノのようだった。


「……ぎょ。マイ・ロード」

「《却下キャンセル》」


 すぼまり気味の小さな口から生気のない声がもれたその瞬間、別の涼やかな声がそこへかぶさった。


 ソーメの視界の外で赤っぽい光がチカリとまたたく。するとスイッチが切れたようにソーメの目から光が消え、固まっていた顔から力が抜けた。生気とともに我を取り戻したように「あ」と声が出る。


「あ――――ッ!?」


 叫んだのはソーメでない。

 廊下ろうかと教室の境目で、さっきまで光っていた二本ヅノの持ち主がぱっくりあけた口をわななかせていた。白い髪を揺らし、白衣をなびかせ、指さしているのは黒板前のソーメでなく真ん中のベンチ。


「なんでだーっ!? パシるくらいいーだろぉぉーッ!?」

「十個も食べられないだろ?」


 わめきたてる白づくめを、山口やまぐち千枝ちえは静かににらんだ。そっと触れていた腕章わんしょうから手を離し、膝の上の球体へふたたび乗せる。


「それに、買い占めたらほかの子が迷惑めいわくする。人気商品だし、次の入荷までホワイトチョコチップメロンクリームパン目当ての客も来なくなるから、売店の機会損失を金額で表せばホワイトチョコチップメロンクリームパンぶんの売りあげを上まわる可能性だって――」

「そうじゃねぇだろ」


 ソーメがたちまち顔をしかめて口をはさんだ。


「《王命》でパシられると、足りないぶんを探して校外だろうが地球の裏側だろうが行くはめになる。売店に同じ菓子パンせいぜい五個も置かねえだろ。まぁだから、助かったけどな」

「そ、そうか。ダメだぞ、キマコ? 海外はこうが――」

「だからカネの問題じゃねえって」

「キマコって呼ぶなぁ! うがーん! ホワイトチョコチップメロンクリームパンんんーっ!」


 ちなみにホワイトチョコチップメロンクリームパンとは、元々白っぽいクリームパンの上にホワイトチョコレートが散りばめてあり、保護色同士でなにがなんだかわからなくなってはいるがホワイトチョコレートのまろやかさとメロンクリームのさわやかさのアンサンブルがたまらないとして、売店の商品ランキングでは常に首位を争っている大きめサイズの菓子パンだ。え? そっちは聞いてない?


「暴れんな、。買ってくっから」

「ひぇっ、ほんと!?」


 髪にほこりがつくのも構わず床にころがって手足をジタバタさせていた磯谷いそがい輝磨子きまこ――と呼ぶと怒る二本ヅノの少女・テルマは、飛び起きるとアンバーの目をキラキラさせて紫髪の同級生を見た。一方、横から千枝はあきれ顔をソーメに向ける。


「いいのか?」

「別に? パシるくらいで《却下キャンセル》してたら、『魔王部』にいるがなくなるのだってマジだろ?」

「そ、それはそうだが……」

「まぁついでだ。ウチもおなかすいてきたし。千枝もなんかいる?」

「わたしはいい」

「十個お願いします!」

「ざけんな一個でウチとシェアだ胃袋ザコ」

「胃袋ザコ!?」

「も、戻りましたわぁぁぁ……」


 ソーメの暴言にテルマが顔まで真っ白になったそのとき、もう一つの出入り口からフラリと入ってくる人物があった。

 その姿を見た全員が凍りつく。


 ソーメやテルマよりも小柄な、高校の校舎にいるのが不思議に思えるほどの女子生徒だ。制服の上に着こんだ桃色のカーディガンはややサイズが合っていない。目を引くのは濃いピンク色をしたテルマよりも長い髪。羊毛のようにふわふわして少しくるくるしたその髪は、顔の両サイドとツーサイドアップのだけが明るい黄色にもなっている。


 しかし、部室の全員が釘づけなのは、いつ見ても不思議なその髪のほうではない。

 だぼついたカーディガンでも隠しきれない細腕と小さな胸のあいだに抱えられた、大量のビニール包装。中身はすべて同じ、手のひらサイズで半球状の、乳白色の菓子パンだ。


 おぼつかない足取りで現れたその女子生徒は、千枝の目の前まで来て転倒した。大量のホワイトチョコチップメロンクリームパンがソーメとテルマの足もとにバサバサと散らばる。


「お、《王命》コンプリート、マイ・ロード、ですわ……」

「ぱなえ!?」


 膝の球体をおろすためおくれた千枝が、うめいている女子生徒にようやく駆け寄って抱き起こす。ぱなえと呼ばれた彼女は顔面蒼白そうはくで、華奢きゃしゃな全身をプルプルとふるわせていた。


「だいじょうぶか、ぱなえ!? いったいどうしたんだッ、こんなに大量のチョコチップホワイトクリー……うぅっ、長い!」

「き、昨日見つかったのは五個でしたわぁぁ……」


 ぱなえは目をまわしながらも懸命けんめいに答え始めた。


「そのままお店の駐車場で朝を待ちましたが、結局今日の品出しは三店で四つ。残りひとつのためにとなり町のスーパーまで……」

「昨日からいなかったのか!?」

「どうりで見かけねぇと思ったら」


 ぼやきながらソーメはチラと廊下を見る。そこと部室の境目を、白衣の背中がそろりとまたぎ越えようとしていた。


 その背後に、音もなく背の高い影が近づく。


「きぃぃぃぃまぁぁぁぁぁこぉぉぉぉぉぉぉ?」


 口から火でも吐きそうな声色に、テルマの足がピタリと止まる。

 その頭に生える二本のツノを、白くしなやかなふたつの手がガシリとつかんだ。


「お茶の時間だ。フードロスによる経済的損失の重大性について話し合おうじゃないか」

「ぎぇぁーっ、イタ痛痛痛痛痛痛痛ぃッ!? 抜けるゥ! 抜けちゃう! ツノより先に首が抜けちゃう! なんぼテルマちゃん軽いゆうてもキーホルダーみたいにはならんねん! ふぎぃぃぃぃぃッッ!?」

「なんでなまってんだ?」


 お仕置き執行モードの千枝と騒ぐテルマを半眼で見ていたソーメは、ぐったり床に横たわりヨダレを垂らしているぱなえにも目を移す。おそらく腕いっぱいのを抱えつづけながら、昨日からなにも食べていないのだろう。運がないやつだとは思いつつ、自分がこうなっていたかもしれない可能性もかえりみる。


 《王命》は、絶対――。


 それはここ『魔王部』において、『魔王係』に選ばれた人間に与えられる特典だ。


 魔王係が命じるとき、魔王部員は逆らえない。

 それは魔王係が、封印されている魔王の魔力の受け皿であるがゆえに。


 そしてその魔王係とは、十三日ごとのクジビキで決まる。


(コイツにもなんか買ってくるか。いまメロンパンはイヤだろ)


 ホワイトチョコチップメロンクリームパンはあくまでクリームパンであってメロンパンではないが、ソーメはそんなことも意に介さず、ぱなえが入ってきたほうの出入り口から教室を出ることにした。ただ、出がけにいったん立ち止まり、現・魔王係のあかしたる魔王のツノを生やした白い同級生と、そのツノを握って鬼のようにさぶっている部外者にして関係者、『生徒会・勇者部』の山口千枝の顔を盗み見る。


 クジビキは純然たる公平なくじ引きだが、正統なる魔王の座継承けいしょうだ。参加者にはもれなく、魔王係となれるチャンスと、《王命》に支配されるリスクとが平等に与えられる。


 その日程に関する話をまだ千枝にしかしていないのを思いだしたが、同時に軽く腹も鳴いたので、ソーメはひらき直ることにした。まぁいいか、テルマはいるだろうし、と。

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