16本目 事案をキャンセルッ!(失敗) 【Ad.21】

 テルマはソーメが大好きだ。

 幼馴染おさななじみだし、小学生からずっと同じ学校の腐れ縁。


 ソーメはいつも弟が最優先で、テルマは二番目だと言うが、テルマもママが一番なのであおいこである。


「ソーメー、思ったほどよくないぞー?」

「てめぇ、ぜってぇ覚えてろよ、キマコォ……!?」

「キマコって呼ぶなー! 《王命》である!」

「ヴうっ……て、テル、マッ……」

「さまを付けろォ!」

「て、テルマ、様ぁ……!? ヴうううううう!!」


 テルマはソーメが大好きだ。

 おっぱいは大きくてふかふかだし、身長が同じくらいなので抱きついてもツノが顔に当たらない。

 いつもボーっとしているようでとても頭がよくて、たいていの《王命イタズラ》は長い目で見て許してくれる。


 そして、許せないラインを越えたときには、最高にいい反応をしてくれるのだ。


「山口ぃ! てめぇもいっしょになってなにしてんだコラァ!」

「うぅ……でも、わたしも馬だし……」


 騎馬きばだ。

 体育祭でやるアレだ。


 前がソーメ。前傾ぜんけい姿勢で両腕をうしろへ出している。上半身をその姿勢から変えることは《王命》で許されていない。

 うしろは千枝ひとり。ソーメがうしろに出した手と両手をつないでいる。勇者部員なので《王命》は効かないが、悄然しょうぜんとしていて言われるがままだ。


 ふたりの手の上に両足を乗せているのがテルマだ。仁王立ちで腕を組み、頬を桜色に染めて恍惚こうこつとしている。思ったほどよくないと言ったわりにご満悦まんえつなのは、うなじを真っ赤にしたソーメがしきりにせいを飛ばしているせいだろう。さすがにローファーは脱いであるが、脱いだものはソーメのパーカーのフードに突っこんである。


「すまない、流支ながし……わたしが軽率に、腕章をざわに預けたばかりに……」

「だからっていま反省してんじゃねぇよ! キマッ……テルマさまをなんとかしろ、勇者係ッ!」

「そう言われても、どうやって……」

「当て身でもなんでもしてテルマさまを眠らせろッ。こんなときのための『勇者モード』だろうが!」

「いぃ、一方的な暴力は、さすがに……」

「ただいま暴行を受けてるんだがッ!?」


 ソーメは正論をぶつけているつもりだが、すっかり自信をなくした千枝はおどおどして行動しようとしない。ガミガミと口論を続けながら、騎馬は闇雲やみくもに住宅街を進んでいく。


 高い位置から見張っていれば、カデンたちを発見しやすくなる、とテルマは先に主張していた。が、彼女たちが逃げた方角すらもわからない、とは《王命》でつぶされたソーメの反論だ。結局あまり力持ちでないソーメを前にした騎馬はたいへん歩みがおそかった。どう考えても手分けしての捜索そうさくより圧倒的に非効率な状態だが、ソーメを怒らせてえつに入っているテルマが気にかけるはずもない。


「ソーメぇ、知ってるかぁ? 歩くのが遅いのは『牛歩ぎゅうほ』って言うんだぞ? これじゃ騎馬じゃなくて騎牛きぎゅうだな。ウシチチソーメだけにっ」

「次にウチが魔王係になったときは、いらんモンばっか詰まってるてめぇの脳ミソのストレージからウシの概念がいねん消し去って動作快適にしてやるよ、テルマさまぁぁ……ッ!」

「おぉぉ!? 見つけた!」

「あん?」


 視線を前へ向け直したソーメの耳に、「ぃぃぃゃぁぁぁぁ」と悲鳴らしきものがたどり着く。


 よくよく目をこらせば、道むこうの公園を黒いポンチョを着た黒髪の女性が走っていく。フードが脱げ、特徴的な黒い肌も見える。

 ポンチョはふち取りの白いブラックサンタのポンチョ。肩の上には、うしろ向きにかつぎあげられたピンク髪の少女。


「なっ、諸区将しょくしょう先生!?」

「おい、ホッちゃんて……テルマさまよぉ? まさかあれがブラサンの正体……」

「そっちじゃない! 見ろ!」


 テルマが指さしたほう、疾走しっそうする諸区将ホタテのうしろを、さらに黄色と緑のふたり組が走っていた。

 ツインテールとツインお団子。悪幹部のカデンとタマ。


 走りが得意なはずのふたりが、めずらしく息をあげて体を大きく動かしている。全体的にふくよかなカデンは元より、針金のように細身のタマも胸の肉づきだけがやたらにいい。ふたりの体が激しく上下するのに合わせ、それぞれふたつずつあるバレーボールのようなふくらみも上へ下へと跳ねまわる。


「あぁずっと見ていたい……」

「そんな場合かッ!?」

「ホッちゃんはありゃ、《王命》は解けてんな……」


 鼻の下を伸ばすテルマは無視し、ソーメは諸区将ホタテの様子をうかがっていた。いくらぱなえがミニサイズ女子とはいえ、人ひとり抱えて悪幹部ふたりが追いつけない速度で走る姿は十分無茶だ。しかし、ブラックサンタだったときとはあからさまに動きが違う。理由はわからないが、ホタテは個人的に錯乱さくらんしているらしい。


「だからって、ほうっておけないだろう?」

「ぱなえの女児パンツさらしあげて爆走してりゃあな」

「先生の生涯しょうがい賃金が減る前に止めよう。テルマっ、ソーメの《王命》を解け」

「えぇー」

「えーじゃない!」

「千枝、ウチごとぶっ飛べ」

「いいのか?」

「テルマを待ってたら来年になっちまうよ。いいから行けッ」

「わ、わかった」


 うなずいた千枝の髪が、たちまち燃えあがるように赤く染まる。すり切れた白いマフラーが首に巻きつくと、見ひらいた目が金色に輝く。


 ソーメは力を振り絞り、テルマを乗せたまま足をそろえてかかとを浮かせた。そこへ千枝のつま先が入る。

 ソーメの尻をひざに乗せるようにして、動かない両手はにぎったまま、千枝は残る足でアスファルトをり砕いた。


「うひぃぃッ!?」


 風圧に悲鳴をあげたテルマとソーメを押し出すかたちで目標まで一気に跳躍ちょうやくする。カデンとタマのふたりも一瞬で追い越し、見えなくなりかけていたホタテの背中とぱなえの顔が三人の眼前にせまった。


「諸区将先生ッ!」

「ホッちゃん! 受け取れやぁッ!」


 ホタテの顔が横を向き、片眼鏡がキラリと光る。

 千枝がもう一度地面を蹴ってどうを修正。騎馬とブラックサンタはぶつかることなく交差する。


 千枝が騎馬ごと体をひねって着地を決めたとき、ソーメの背中にはテルマではなくぱなえが乗っていた。グッタリしていたぱなえが、驚いて目をしばたく。


「あ、あら?」

「プレゼント交換完了だ」


 ソーメがかたほほを持ちあげ、騎馬の姿勢のまま勝ちほこったように宣言した。嘲笑ちょうしょうする視線の先では、地面に投げ出されたテルマに諸区将ホタテがおおいかぶさっている。


「ああああ空からキコちゃんがぁ! サンタ様がお慈悲じひをおおおおッ!?」

「う、うわぁぁ!? た、た、たすけてぇ! おかされるぅ! 苗床なえどこにされるぅぅ!」

「テルマはしばらく反省してろ」


 勇者モードを解除しつつ、千枝もトゲのある声色で告げる。

 ただ、そちらに気を取られていて、ぱなえが青ざめきった顔でふらついているのには気づくのがおくれた。


「うぅぐ……もぅ、ダメですわぁ……」

「おろ?」

「あっ、あぶなっ!?」


 千枝がとっさに支えようとしたときには、ぱなえの片足が宙に浮いていた。

 ソーメの肩にもつかまりきれず、パーカーと中のシャツのえりに手をかけながらすべり落ちる。ぱなえの体重でソーメのファスナーとシャツのボタンが外れ、下着まで外にむき出しになる。


 千枝はソーメの手を離し、ぱなえを受け止めるため全身を投げ出した。


 その視界の真ん中に、不意にガラスのびんが落ちてくる。


 こぶしより小さな丸い小瓶。中に紫色のビー玉のようなものが浮かんでいる。

 そこにある目つきの悪い顔が千枝を見て、「よぉ、勇者」と言った。


 ソーメの胸もとから、紐のちぎれた鈍色のなにかが落ちる。

 ぱなえの背中に腕をさし込んだ千枝のうなじに、そのおもちゃのペンダントは落ちてきて、うしろ襟に入った瞬間「バチンッ」と大きな音を立てた。

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