15本目 進撃のキャンセルッ! 【Ad.20】

 魔法と魔術は異なる。


 魔王係の《王命》、勇者部の《却下キャンセル》や『勇者モード』などは、いうなれば魔法だ。魔力の消費のみを代償だいしょうにして、特別ななにかを介さずに現象を起こす。《却下キャンセル》を他者に使うには腕章わんしょうがいるが、あれは自分にかかる魔法を外へ向けるためのアイテムであって、《却下キャンセル》そのものにとって必要なわけではない。


 ぱなえは魔法使いたる魔女の末裔まつえいだが、魔術師だ。魔術を使う。魔術には触媒しょくばいがいる。


 香草入りの消しゴムで作った即席の触媒は、全部で三つ。持ち合わせの素材はワルプルをびんに閉じこめる魔術にほとんどつぎこんでしまった。作り置きの触媒も隠し持っているが、すぐに出せないうえ、護身よう以外は戦闘向きでない。


 消しゴムはソーメにひとつ使い、いまタマに向けてふたつめを使い、そしてはずした。

 残りはひとつ。敵はあくかんのふたり。


 どう数えても、足りない。


「ぱなえ、それはいったい……?」

「…………」


 ぱなえは使い終わった触媒の消しゴムをかかげたまま、だまってカデンをにらみつづけていた。


 所詮しょせん元から敵同士。タマにはワルプルを隠していることがバレていたらしい。カデンにもそれが伝わったのなら、こうしてたいしているのは道理。

 ただし、カデンたちのほうはぱなえの正体を知らない。もちろん魔術のこともだ。


(わたくしが持っているのが〝消しゴムのようななにか〟に見えていますわね、悪幹部? 当然、攻撃手段なのも察知しているはず。使いきりなのを悟られなければ、うかつには手を出せない……)


 ぱなえは小さい。小さいからこそ、攻勢には根拠があると思わせられる。


 とはいえ、悟られるのも時間の問題だ。膠着こうちゃくが続けば不利になる。最後の消しゴムでひとりだけでも無力化するにしても、手の内はバレているので当たるかわからない。仮にうまく当てられても、その先が暗い。

 勝率はゼロ――三分の一よりも、低い。


(……しかたありませんわね)


 野望と一族の悲願のため、一世一代のチャンスだと思ったが、背に腹は変えられない。

 いますぐワルプルを取り出し、クジを引く。アタリが出れば魔王係。《王命》で敵を蹂躙じゅうりんできる。ハズレが出たところで、どうせいまと変わらない。


 ぱなえはあいているほうの手で、カーディガンのポケットをまさぐる。警戒していたカデンがなにか言う前に、びんらしきものが指先に触れた。


 そのとき目の前に、黒いものが降り立つ。

 ひゅるりと、ふち取りの白い、漆黒しっこくのとんがり帽子とポンチョが。


「……へ?」


 ブラックサンタ――


 ぱなえは放心する。

 聞いていない。想定していない。

 ここまで黒い、暗いものは……。


 これは、なんだ?


 最初からそうだった。

 この黒いイキモノは、ぱなえのウソ。

 にもかかわらず、実在し、出現した。


 それではまるで、だから、みたいではないか。

 ウソつきのワルイ子だから、連れ去りに来たような――




「《却下キャンセル》ッ!!」




 暗いところへ遠のきかけたぱなえの意識を、圧のあるその声が引き戻した。

 黒いポンチョの向こうでカッと赤い光がほとばしり、ブラックサンタの体が雷に打たれたように伸びあがる。


 そのままゆっくりとかしぎ、ぱなえのすぐ足もとに倒れした。


「フン」


 ブラックサンタのいたすぐうしろに、カデンが険しい顔をして立っている。手は、二の腕につけたままの赤い腕章に触れていた。


「ブラックサンタがテルマのイタズラ《王命》なのは聞こえていたわ。遊びは終わりね」

「し、諸区将しょくしょう先生ッ!?」


 とんがり帽子風のフードがはらりとめくれ、出てきた顔を見てぱなえは目をみはる。

 南方の離島生まれだという浅黒い肌に、サラサラした長い黒髪の若い女性。片目が隠れる髪型に、わざわざ片眼鏡を合わせている変人教師。新任の魔王部もん、諸区将ホタテ。


 内気で変わり者な彼女にもついに春が、とクリスマスのクジビキ欠席についてささやかれていたが、まさかテルマのオモチャにされていようとは。


「災難でしたわね、諸区将先生……」

「い、いいのよ、ぱなえちゃん……」


 ぱなえはしゃがみこみ、黒肌でわかりづらいものの、ホタテの顔色が悪いのを確認する。ほとんど毎日教室のドアに激突しているような女性が人外の動きをさせられていたのだ。疲れきっていて当然だろう。


「いいの、わたし……」


 震える声でうめきながら、ホタテはぱなえに手を伸ばしてくる。同情がしみだしてきて、ぱなえもそっと手を差し出した。


「いいのよ……キコちゃんのためなら」

「ほぇ?」


 突然黒い手がすばやく伸び、ぱなえの手を越えて二の腕をつかんだ。

 そのまま強く引かれ、ぱなえは黒いポンチョの上に倒れこむ。


 すると、ホタテはぱなえを肩に乗りあげさせたまま、ぱなえの細い腰を両手でおさえ、勢いよく立ちあがった。


「へ? え、えっ? あのっ、しょくしょ、せんせ……?」

「キコちゃ……キナ、キナッコ、コちゃ、の、ため、った、ため、ため、ためッ……!」

「ひっ!?」


 ゆらりと頼りない立ち方で、ホタテは異様な言葉をブツブツと唱えている。ぱなえは泡を食いながらもパタパタと手足を動かし抵抗したが、ホタテの腕は鋼のような固さで腰に巻きついていた。


「いけないッ。タマ、取り押さえて!」

「オッケー!」


 なにかを察知したカデンが指示を出し、ほぼノータイムでタマが動く。まっすぐに来たタマのタックルを、ホタテは真上に飛び越えた。ぱなえをかついだまま。


「はい……?」


 着地と同時に、ホタテの肩がぱなえのやわらかいおなかに食いこむ。その鈍痛に息も詰まりつつ、なにが起きているのかわからないことのほうが頭を占める。


 いや、わかりたくなかっただけかもしれない。

 忘れていたのだ。押し殺した悲鳴のことさえ。

 内気で大人しい新任教師が、奇声をあげて走りだすまで。


「きぃなぁこちゃんのッためにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッッッ!!」

「ひ、ひぃぃぃやああああああああああああああああああああああああああ!?」


 そして、魔術師は思い出した。

 諸区将ホタテがいそがいにだけ向ける偏愛へんあいを。

 輝磨子に発情したホタテが、常識を超えて暴走する恐怖を。

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